第42話 その後の王城

◆王城の貴族視点



「どうなっておる!? もう三日だぞ。諜報部は、何をしておる!!」


 今私達は、王城の玉座の間にて報告を行っていた。それに対して、国王様が怒っている。怒鳴り散らしているか……。


「とにかく王都内では火が着きません。火魔法も同様に発現出来ません。原因は分かりませんが、範囲だけは分かりました。王都の城壁から外に出れば発火出来ることを確認いたしました。ここは一度、他の街に遷都することをお勧めします」


 国王様は、怒りが頂点に達している。いや、それを通り越して錯乱状態だ。

 この王様は、自分の意向を押し通そうとするのが問題である。王位継承権問題で、兄弟や親戚と大きく揉めて、親族を殺害したらしい。その後、人間不信に陥って、王命を完遂出来ない臣下を処断していた。暗部も忙しいとも聞いている。

 国の頭がこれでは、民衆の不満は高まる一方だ。

 『なぜ収穫量を倍に出来ない!?』と言われた時には、本当に内乱に発展しかかった。


「誰かが魔法を使用しているのではないのか? 王都の全員を集めて、怪しい奴の首を刎ねて行けば、この異常な現象も解消出来るであろう? いや、一度王都から全員を退去させれば、事の真偽が判明するであろう。なぜ、そのような簡単なことをしない!?」


 汗が噴き出る。ただでさえ民衆の不満を騎士によって無理やり抑え込んでいるのだ。ここで、怪しいというだけで、庶民に手を出したら、本当にこの国の王族への信頼が地に落ちる。

 それに内乱だけではない。魔人族やエルフ族がそんな混乱を起こしたら黙っているとは思えない。

 最悪、大陸中を巻き込んだ戦争になるだろう。


「魔法ではないかと思われます。この様な大規模な範囲を三日も続ける魔力を持つ者など聞いたことがありません。鬼人の勇者でも無理だと思われます」


 当たり前のことを何度も報告している。だが、国王様は一向に聞き入れない。

 どんな報告をしても、『なぜ火が着かない』を繰り返すばかりだ。


 周りを見ると、大臣を含め全員が真っ青だ。軍事を司る騎士達でさえ、次の王命にビクビクしている。国民を守るはずの騎士が、国民を殺せと言われた時、どれだけの騎士が王命に逆らうか……。


「そういえば、今代の勇者はなにをしておる?」


 さらにしんと静まり返る。


「え、あ、その。今代の勇者は、虚空のダンジョン近くで『回復魔法』を使用したらしい者を追いかけて返り討ちに会い、現在回復中です」


 王様が、聞こえるように大きなため息を吐いた。


「なぜ予の代は、こうも人が集まらないのか……。先代の勇者は、国の発展に大きく貢献したというのに、今代は身元不明の者に返り討ちとは……」


 私から言わせて貰えれば、今代の勇者の方がよほど優秀である。

 それを、返り討ちにする者……。そして回復魔法? とても怪しい。

 王城の異変もそうであるが、その者や知恵ある者を国賓として招いて技術の教えを乞う場面ではないだろうか?


「もう良い。鬼人の勇者を起こせ」


 大臣を含めた国の重鎮が、ざわめき出した。

 勇者は、二種類いる。いや、勇者の称号は、二種類あると言った方が良いだろう。

 人族の中の最高の魔力を持つ『歴代の勇者』と、風の村の存続を条件に王家の命令に従う『鬼人の勇者』だ。

 鬼人の勇者は、時間停止空間の封印を受けている。国が危うい時のみ起きることを許されて、その力を振るっているのだ。

 前回は、魔王討伐を成し遂げていた。

 確かに今回は、歴史的に見てもあまりに異常だ。だが、この地を一度退き時間をかけて原因を調査すれば、問題は解決出来るはずである。それなのに、鬼人の勇者に頼るとは……。


「は、はは……。して、鬼人の勇者にはどのような指示を出されますか?」


「虚空のダンジョンのダンジョンルールまで攻め込めさせよ。ダンジョンマスターを従わせるように命令を出せ。それと、属性の指輪を毎月一定量産出させるのだ」


 余りにも無茶苦茶な命令である。

 ダンジョンマスターは、この世界の理の外にいる存在である。それを脅すなど……。気が狂っているとしか思えない。

 それにいかに鬼人の勇者とはいえ、ダンジョンルームまで辿り着ける保証はない。

 最悪、今代で鬼人の勇者を失う恐れもあるだろう。


「それと、王都の東側に新たに王城を建てよ。そこでなら、火が起こせるのであろう?」


 ここにいる全員の血の気が引いたことを感じた。

 王城だけ新しく建てても、国民がいない王城で何が出来るというのだ。

 いや、建設費用はどうするのだ? 他種族は、粛清に次ぐ粛清で数を大きく減らし、奴隷の数も足りていない。

 今、この状態で労役を課すなど……。


「期間は二か月やる。急げ」


 それだけ言って、国王様は退出した。





 今は控室に移動して、詳細を詰めている。

 いや、詳細など詰められない。ただの責任の押し付け合いだ。


「宰相殿、どうなされますか?」


 疲れ切った宰相と大臣に、貴族が詰め寄る。

 どう考えても出来るわけがない命令……。妙手で凌ぐしかないが、誰も妙案は思いつかないだろう。


「……まず、資材をかき集めよ。国王様の寝所と玉座の間だけでも完成させるのだ。他の街の騎士も総動員して建築を急がせよ」


 まあ、それしかないか。


「他の街の治安維持に支障が出ますが?」


「かまわん。独立したい街は、独立させてしまえ。その後、騎士を総動員して、街を奪還して行く」


 国の末期症状だな。


「それと、鬼人の勇者を起こし、虚空のダンジョンに向かわせよ。王命を一言一句違わずに伝えることを忘れるな」


「……本当に起こすのですね。しかし今回は従ってくれるかどうか」


「鬼人の勇者でも失敗すれば、王族貴族が黙っておるまい。現国王様の失脚に繋がるだろう」


 大臣達は反論しない。この十年での辛酸を思い返している様だ。

 いや、水面下ですでに話し合いが済んでいると見るべきか。


「この数日で王都を逃げ出している者達がいます。その者達はいかがしましょうか?」


「……奴隷のみ移動の制限をかけよ。王都はもう長くないであろう。他の街に自主的に移動して貰い、他の街の発展を行って貰う」


 先ほどと言っていることが異なっている。宰相も疲れ切っているようだ。

 だが、正しい。

 もはや、現体制の解体を行わなければならないほど、国は乱れている。

 この宰相は、歴史に汚名を残す覚悟で指示を出しているのだろうな。


 その後、さらに指示が出て、各人が走って部屋を出て行った。



「それでは、騎士長殿。鬼人の勇者の封印を解きたいと思います。ご同行をお願いいたします」


 騎士長と呼ばれたお方が、私の方を向いた。


「……そなたは、五年前に鬼人の勇者と会っていたな」


「はい。封印の解除時に立ち会ったことがあります」


 騎士長殿は、ため息を付いた。


「率直な意見を聞かせてくれ。鬼人の勇者に虚空のダンジョンの制圧は出来ると思うか?」


「無理でしょうね。勇者の称号は、ダンジョンの破壊許可を意味します。ダンジョンマスターに命令させるものではありませんので……」


「私も、同意見だ」


 当たり前の事の確認だ。

 騎士長は、天を仰いだ。


「それでは行こうか。やらなければならないことは山済みだ。一つ一つ熟して行こう」


 私は頷いた。

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