第38話 雷帝
ヘレンさんの後を追って森林の奥へと進んだ。
時々、エルフ族が見えるようになって来た。
この辺に住んでいるのか。
そして、開けた場所に着いた。
少し離れた所に誰かが座っている。ヘレンさんが膝を付いて敬礼したので、自分も真似をする。
「良く来てくれた。異界の魔王よ」
良く通る声だ。でも、自分は魔王なのね……。
ヘレンさんが立ち上がったので、同じく立ち上がり、前に進む。
そして驚いてしまった。
雷帝は、十歳前後の姿をしていた。ロリや幼女という言葉が似合う歳だろう。
いや、エルフの寿命が分からない。老化もしない種族であれば、目の前のエルフはかなり年上とも考えられる。
雷帝に近づくにつれて、汗が噴き出る。
この場には精霊が多いのであろう。魔力が溢れている。
ルイスの言っていた、『精霊の加護が高すぎる』のは雷帝の方だろう。氷の王女の時にはこのような感覚はなかった。
マジにラスボスクラスだと思われる。
距離にして5mといったところだろう。そこで止まるように促された。
正直、これ以上は近づけないな。空気が張り詰めており、いくら呼吸しても酸素を取り込めない。
いや、単純に緊張しているだけか。
「して、何用じゃ?」
分かっていると思うのだが……。
「精霊が怒っているそうです。それをなだめる必要があるのですが、どうしようか迷っています。この件は、神様を自称する存在から依頼されました。というか、自分が異世界から連れてこられた理由はご存じないのですか?」
雷帝は、クスクスと笑っている。
「予はこのままで良いと思うておる。氷の王女が殺害されれば、人族は魔法が使えなくなるであろう。そして、予がこのダンジョンにいれば、この森のエルフ族で魔法が使えない者は生まれない」
魔力を持たない者を生み出させない方法を確立しているのか。雷帝は、出来る人だな。この世界の問題にいち早く対応したのであろう。そうすると、人族の自滅を待てば良いだけか。
「……人族が魔法を使えなくなったら何をするのですか?」
「もちろん、絶滅させる。百年前の恨み、近年の差別や土地を奪った傲慢な者達に、後悔を与えながら死んで行って貰うだけじゃ」
これはダメだな。
戦争の恨みだけではなく、近年の差別まで引きずっているのか。
そうなると、自分の考案した属性の指輪は、邪魔だろうな。
数十年後になると思うが、魔法の使えなくなった人族に、数が少ないエルフ族が攻め込む形を雷帝は期待しているのであろう。
自分が黙って思考を続けていると、雷帝が噴き出した。
「あはは。頭の良すぎるタイプのようじゃな。安心せい、そなたの考案した指輪など些細なことじゃ。いや、人族に混乱をもたらして破滅を早めてくれたと言っても良い。それと、そなたは人族じゃが異世界人じゃ。危害を加える気はないので、帰るがよい」
思考を読まれているな。
まあ、それは良い。人族を淘汰して、空間魔法の使い手を減らせば、一応目的は果たせることになる。
だが……、一応聞いてみるか。
「精霊は何と言っていますか? 自分は精霊とは会話出来ないのです」
雷帝の笑顔が崩れる。
「……、分かってて言っている訳ではなさそうじゃな。精霊は、人族との共存を望んでおる。それでも、我々エルフ族が受けた屈辱を晴らさねば、気が収まらんのじゃ」
エルフ族というのは、気位が高いみたいだな。
「それは、一族の総意ですか?」
「……無論じゃ。いや、奴隷として生活している者は違うやもしれんな」
ここでセシリアのことを思い出す。セシリアは、エルフ族だが魔力を持っていなかった。
雷帝の先ほどの言葉とは、矛盾する。
思考を加速させる。セシリアは、幼少期に捕らえられたと言っていた。この森で生まれていないのだろう。つまるところ雷帝は、同族でも魔力を持たない者をこのダンジョンに入れていない可能性がある。ただでさえ、数の増えない種族なのに何をしているのだろうか……。
数が減っているのである。恨みを晴らすより、一族の再興を願う場面であるはずだ。
……指導者の器じゃないな。
「なにか失礼なことを考えておらんか?」
雷帝の魔力が膨れ上がる。
「いえ。自分は精霊のご機嫌取りが目的なので、意見の相違が見られるかなと」
「では、どうするのじゃ?」
「とりあえず、エルフ族の意思は確認出来たので帰ります。ありがとうございました」
雷帝がため息を付いた。
「ここはバトルしてから、予を組み伏せて股間で従わせる場面であろうに……」
この人もか。この世界の女性の倫理観はどうなっているのだろうか? 時代が違うのかな?
いや、異世界人の自分には、なにかしらの魅力がある可能性もあるな。
一礼してその場を後にした。
◇
ヘレンさんに連れられてダンジョンの出口に着いた。
「ありがとうございました」
「……これからどうされるのですか?」
「何も決まっていないので、家に帰って考えます」
ヘレンさんは、あきれ顔だ。
「……本当は、人族との共存を望むことが一番良いとは分かっているのです。ですが、この百年で修復出来ないほどの軋轢が生まれてしまいました。それに、次に大規模な戦争が起きれば、エルフ族は絶滅してしまうでしょう。お願いです。人族の傲慢な考えを正して頂けないでしょうか」
自分からすれば、エルフ族も人族も傲慢なのだが。
まあ、戦争したのだし、今は遺恨があり絶縁状態が良いのであろう。互いに罵り合っても、再度戦端を開かなければ、共存の方法も見つかるだろうし。
「善処します」
ヘレンさんは、大きなため息を付いた。
それを見て、苦笑いが出てしまった。
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