第36話 移動の途中で1

 氷の王女は、火の砦に向かって歩いて行った。自分の役割を理解しているのだろう。死ぬことは許されず、逃げれば同族が殺される。力はあるが使えないのだ。苦しいのだろうな。

 自分は氷の王女と別れて、火の砦を後にした。


 今は、この国の北側にいる。今度は、『雷帝』のいる南側に移動するか。

 それにしても、黒一色の装備は目立つために選んだのだが、センスがないと言われてしまった。

 少し考えるか。


 三日ほど歩いていると、途中で小さな町に辿り着いた。

 少し寄って行こう。色々と物資も買いたい。宿で休むのも良いだろう。出来ればまともな食事がとりたいな。

 色々と考えながら進み、街の人達が見える所で脚が止まった。街の人達を見て驚いてしまったのだ。


「魔人とエルフ、獣人がいる?」


 人族が支配しているこの国で、この街の構成はありえないだろう。

 少し思案していると、声をかけられた。


「旅の方ですか? ようこそ風の村へ」


 猫耳の女性だった。


「え……あ。食事とか出来るところはありますか? それと宿屋があれば教えてください」





 この村で唯一の宿屋に案内して貰った。

 今は宿屋の一室で窓から村を見ている。多分100人くらいの住人がいる。

 悩んでいても仕方がない。情報収集と行くか。

 一階の食堂に向かった。


「この村は、米料理があるのか……」


 ハルカには、日本の料理を出して貰ったこともあるが、冒険者達は基本小麦が主食であった。まあ、干し肉が多かった気もする。

 この村は、何というか異世界らしくないな。


「この川魚定食をください」


「川魚定食ですね。少々お待ちください」


 5分も経たずに、定食が運ばれて来た。

 いざ、実食。


「……美味しい」


 前の世界と何ら変わらない味付け。みそ汁と醤油など本物としか思えなかった。

 ご飯も美味しい。これは、窯で炊いているな。

 一気に平らげた。


「ごちそうさまでした」


 テーブルに銅貨を10枚置く。火の砦と比べると、この村の滞在費は高いが、自分で稼いだお金ではないので痛くはない。

 ウェイトレスの人が、硬貨を受け取りお膳を下げてくれた。

 ちなみにウェイトレスはエルフだった。

 宿屋を後にして村を回る。


 町の中央に銅像があった。ハルカに文字を少し教えて貰ったので一応は読める。風の勇者の銅像みたいだ。

 たしか百年前の人だったはずだ。精霊がこの世界から逃げ出す原因を作った人達の内の一人。

 死因は不明と氷の王女は言っていたな。

 自分が長々と銅像を見ていると声をかけられた。


「旅の人かな? 風の勇者が珍しいのかい?」


 頭に曲がった角があるので魔人かな? 外見的には、人と近いが、長い尻尾を持った初老の女性だった。杖をついている。


「田舎から出て来て各地を回っているのですが、この村は不思議な感じですね」


「……差別がないからかの?」


 自分が驚いた顔をすると、魔人の女性は笑った。

 その後、近くのベンチに座り、この村のことを教えて貰った。



 百年前にエルフ族と人族との戦争が終わると、風の勇者は迫害を受けたそうだ。敵前逃亡の戦犯を犯したらしい。

 そして、何もなかったこの場所に住み着いた。

 風の勇者は機動力に優れていた。この世界を隅々まで回って色々な物資を集め商人に卸していたらしい。

 特に香辛料が好まれたとか。

 そして、徐々に人が集まり出した。そうすると、王都から使者が来た。税を納めろと言って来たのだ。

 風の勇者は、異世界より強制召喚されて置き去りにされた人だった。そのため、この国の住民ではないと言い張り、この国と敵対し始めた。

 だが、王都から軍隊が派遣されると、立ち退きを選択したらしい。香辛料の採集場所や栽培方法は、風の勇者しか知らなかったのだ。風の勇者は数人の村人と共に移動しようとした時だった。


 そんな時に、一人の旅人がこの村に立ち寄った。

 額に角のある消えた鬼人族だった。鬼人は、風の勇者の料理を涙を流して食べたそうだ。

 そして、風の勇者の危機を知ると、『待ってろ』とだけ言って王都に向かった。

 数日後、戻って来ると、『この村は治外法権の許可』を貰って来たと言ったそうだ。国王の玉璽が押された書簡も持って来ており、今も保管されている。

 その後、他種族であろうとこの村は受け入れた。


 人族が戦争を始めてもこの村は平和だった。時々難民を受け入れたりもしたそうだ。

 ただし、一度この村の住人になると村から出ることは出来ない。

 そのまま、時代に取り残されて平穏に暮らしているとのこと。



「少し各地を回って来たのですが、戦争とかしてました。いや、迫害とか蹂躙が近いかな。それに比べれば、この村は天国ですね」


 魔人の女性は、『ははは』と笑った。


「ならば、この村に住むかえ? 嫁は選び放題じゃぞ?」


「いえ、やらなければならないことがあるので、明日には出て行きます。それでもこの世界にこんな平和な場所があるとは思いもしませんでした」


「まあ争いがないと言えば、聞こえが良いかもしれん。でも、この村の欠点も分かっておるのじゃろう? そなたも異世界からの旅人のようじゃし」


 見透かされていたか。苦笑いで返す。

 一礼して、宿屋に戻った。


 宿屋で、十日分の保存食とマントを依頼した。明日の朝には用意してくれるそうなので、そのまま部屋で寝る。

 それにしても、風の勇者と鬼人か。


 もし鬼人が出て来たら、世界がひっくり返りそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る