第34話 氷の女王2

 魔方陣に一歩踏み込んだ。

 一瞬で気温が変わる。


「……寒い」


 これ、氷点下の温度だ。この魔法陣は、温度を管理しているのか。

 火魔法を構築して、自分の周囲の温度だけ上げる。あまり長居は出来ないな。とりあえず、建物の窓から中を覗いてみる。

 鉄格子の窓だ。これだけ見ると牢屋だな。


 中には一人の女性が寝ていた。

 氷で出来た、ソファーで横になっている。これが『氷の王女』か……。


「妾に何か用か?」


 視線は向けられていない。だが、覗かれているのは分かるのだろう。まあ、こんな建物の外から覗かれては不快だろう。特に女性だし。


「テオドラを保護しています。それで、聞きたいことがあります」


 ──ピク


 氷の王女が反応した。

 起き上がって、こちらを見て来た。

 顔は、テオドラと似ている。とても美人さんだ。だけど、王冠のような立派な角が見える。寝る時に邪魔じゃない?

 

「え~と。テオドラのお姉さんで合っていますか?」


「……何者じゃ?」


 なんて答えようか……。まあ、いつもので良いか。


「元日本人です」


 目の前の女性の表情が険しくなる。


「……テオドラとは、どの様な関係じゃ?」


 質問の回答になっていないが、テオドラを知っているので、姉妹なのは合っていそうだ。


「他の魔人達と共に保護しました。今は、ダンジョンで生活して貰っています」


 気温が下がった。

 普通、怒りを感じると気温は上がるものだが、殺気の籠もった冷気が襲って来た。

 目の前の女性の足元が凍り始めた。大気中の水分も凍ったのだろう。ダイヤモンドダストだな。

 やはり人族の自分は、信用されないか。

 さて、どうしよう?


 とりあえず、肺が凍りそうになってきたので纏っている火魔法の威力を上げる。

 目の前の女性が嗤った。



 氷魔法:静止世界フリーズ



「げ!?」


 慌てて距離を取る。

 氷のフィールドが広がって行くので、留まっていられない。とにかくバックステップを繰り返す。

 魔方陣から出ても、まだ、氷が襲って来る。この分だと砦全てが凍るぞ?


 どうする? 自問自答を行う。

 まず、現状の確認だ。

 『氷の王女』を保護しに来たはずだった。精霊と会話出来る『この世界の柱』。だが、意外にも人族は彼女を拘束していなかった。この分では、軟禁していたとも言えないだろう。

 そうなると『氷の王女』は、人族に養って貰っていたことになる。

 『この世界の柱』となる人材は、大事にされていると聞いたのだが、〈大事〉のイメージが異なっているのかもしれない。

 それと、属性は何だ? 火風水土のいずれかのはずだが、該当する属性がない。

 ルイスの話を思い出す。


『四大属性を全て操れる人は、稀に他世界から新しい精霊を連れて来ると聞きました』


 未知の精霊が味方していると考えよう。

 色々と考えていると、『氷の王女』が建物を破壊して姿を現した。氷で出来た大蛇の頭に乗って優雅に出て来たのだ。


「逃がすと思うかえ? 殺しはせぬ。じゃが、色々と話して貰うぞ」


 やるしかないか。本当に無駄な戦闘である。



 宝箱から、指輪を取り出す。水属性意外の魔法の指輪をはめる。計三点だ。

 魔力が集まり始めたが、もう少し時間が欲しい。とにかく逃げながら、時間を稼いだ。

 いや、このまま『虚空のダンジョン』に戻るのも良いかもしれないな。身体能力を限界まで上げて、最高速度で走り続ける。

 だが、分かる。遊ばれている。一定の距離を保ったまま着いてこられている。

 そして、振り返らなくても嗤っていることが分かった。


 それと街道を走っているのだが、自分の通った後は酷いことになっているだろう。

 状況として最悪である。

 心の中で、『すいません』と謝りながら走り、砦を囲っている城壁の門から外へ出た。


 指輪にある程度の魔力が溜まった。

 振り向きざま、一撃を放つ。



 火魔法:収束焔弾



 自分は火魔法を放った。

 大規模破壊を起こせるだけの火力を、人差し指に集中させての一点突破魔法だ。レーザーを思わせる光が、人差し指から出て大蛇の頭を貫いた。


「なめているのかえ? なぜ、妾を狙わぬ?」


 『この世界の柱』となっていることを自覚しているのだろうか? それとも戦闘狂?

 考えている時間がなかったので、風魔法で自分自身を吹き飛ばして、再度距離を取る。


 残っているのは、風魔法と土魔法の指輪の魔力だ。自分自身の魔力では、『氷の王女』の攻撃を防ぐのは無理である。身体強化のみに振り分けて凌いでいる状況だ。

 対空間魔法用の定空珠は無意味。そうなるとバインドか……。

 だが、氷をどうやって〈拘束〉する? 相性的に最悪である。

 氷の王女が近づいて来た。


「……話を聞いて貰えませんか? テオドラの事も知りたいのでは無いのですか?」


「……妾にかすり傷でも付けられたら、聞いてやろう。まあ、捕まえたら吐いて貰うので一緒じゃがの」


 面倒くさい人だ……。

 まあ良いや。かすり傷で良いのだし。

 自分は、足元に魔方陣を展開した。これから行う魔法の効果範囲を限定するためだ。

 氷の女王は、何事もないかのように魔法陣に入って来た。

 その油断が命取りですよ?


「エアロバインド!」


 魔方陣内の気圧を真空状態まで下げる。


「それと追加だ!」


 重力魔法:斥力陣(重力加速度-1G)


 氷が蒸発を始めた。



 地上では、水は100℃で沸騰する。だが、富士山山頂では67℃だ。そして、宇宙では、-150℃でも水は、水蒸気として存在する。ボイル・シャルルの法則だったかな? 中学生でも分かる科学ですよ。

 ちなみに先ほどの火魔法は、油断させるためのフェイクだったりもする。

 『氷に対抗するのは火』というのはゲームでは定番だったが、実際はいくらでも方法がある。

 特に単属性の相手であれば、自分なら即座に複数の攻略方法を思いつけるだろう。

 『雷帝』についても、攻略方法は数種類用意済みだ。


 余計な思考が過ったが、今は目の前の相手に集中しよう。

 氷の王女を見ると、エアロバインドの真空状態に対抗するため、魔力でさらに温度を下げて来た。絶対零度とかにされると負けそうだが、自分のバインドは発動時以外には魔力を消費しない。しかも今回は属性の指輪を使用しているのだ。氷の王女がどんなに魔力を持っていてもそのうち魔力は尽きるだろう。

 自分は、反撃を躱せる位置で、魔力切れまで待てば良いだけだ。


「うおぉぉぉ~」


 獣のような声を発する、氷の王女。

 結構怖い……。

 そういえば、血液も沸騰し始めたらしく、血を噴き出している。

 さっき、かすり傷でも良いと言ったのだが、もうこの時点で自分の勝ちなのではないだろうか?

 少し待っていると、最終的に氷の王女は、氷で出来た鎧を纏った。多分だが、自分の周囲だけ絶対零度近くまで温度を下げたのだろうな。

 息切れして、今にも倒れそうだ。魔力も尽きかけているのだろう。

 とりあえず、もう良いだろう。


「先ほど、『かすり傷』と言いましたよね? 話だけでも聞いてくれませんか?」


 自分の言葉を聞いた氷の王女が嗤った。

 そして前のめりに倒れた。


 生粋のバトルマニアとかなのだろうか? 面倒な人である。少し先では、崩壊した建物から悲鳴が聞こえている。

 自分はエアロバインドを解除して、氷の王女を担ぎ砦を後にした。

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