第26話 魔物の氾濫
「切りがないな」
一人で呟いた。
ダンジョン一層には、大量の宝箱を配置したのだが、全部持っていかれても、まだ冒険者が入って来る。
いや、魔力の持たない者でさえ来る始末だ。
ダンジョン一層の入り口の前の湖は、渡し船……渡船屋までいる。
ダンジョン地下一層の森では、殺し合いも始まっている。
予定が、大幅に狂ってしまった。
こんな状況にするつもりはなかったのだが。
困った表情の自分を見て、ハルカが心配そうに話しかけて来た。
「大丈夫?」
「ちょっとまずいですね。今後どうするか考えています」
「提案なのだけど、近くの街を襲ってしまってはどう? あの街が使えなくなれば、容易にはこのダンジョンに近づけなくなるわ」
それも一つの案なのだろう。だが、無関係な人を襲うのはどうかと思ってしまう。
命を奪わなくても住処を追われれば、生きていけない人も大勢いるだろう。
現状を確認する。
どう考えても、冒険者以下の人が多すぎる。その人達が無意味に死んでいくのが非常にまずい。
こんな状況は望んでいなかった。
この世界の魔力を持たない人達が持つ、〈魔法への渇望〉を甘く見ていたのだと思う。
どうしようもないか。ダンジョンの難易度を上げるしかない。
その前にすることは……。
「ハルカ。ダンジョン地下一層の森に低級の魔物を放ってください。出来るだけ大量に」
「え? 低級で良いの? そんなんじゃ、【空間切断】ですぐに殲滅させられちゃうよ?」
「今回は、【空間切断】を持たない冒険者や、魔力を持たない人をダンジョン地下一層から追い出そうと思います」
「ふ~ん。考えがあるのね。まあ、やってみるわ」
「ダンジョンポイントは、まだありますよね?」
「指輪の製作で結構使ってしまったけど、まだ、余裕はあるわ」
「この後、ダンジョンの改造を行いますので、一層分を作るくらいは余裕を持たせてください」
ピクンと反応する、ハルカ。可愛い。
◇
◆ある魔力を持たぬ者視点
俺の両親は平民だった。しかし、母は魔力を持っていたので、生活には困らなかった。それと、父は何時も腰が低い人であった。
そんな両親から、俺は魔力を持たずに生まれた。
そして、弟は魔力を持って生まれて来た。そして、妹まで魔力を持って生まれて来たのだ。
こうなると、家に俺の居場所はなかった。
十五歳で家を出ることにした。家を出る時、父親だけが見送ってくれた。僅かな路銀を渡してくれて、泣いて謝って来た。
父親が悪いわけではない。だが、俺も泣いてしまった。
抱き合って、今生の別れとした。
日雇いの仕事をこなしながら、辺境までたどり着いた。もう、家を出て何年過ぎたのだろうか。
この街が目的地だったわけではない。とりあえず、国を一周して住みやすい土地を選んで、安住の地を選ぶつもりでいた。
もしくは、何処かで生涯を共にする人と出会うかも知れないという期待もあった。
ある日突然、冒険者から荷物持ちの依頼が来た。ダンジョンに挑むらしい。だが、何時も断っている。
冒険者というのは、危なくなれば荷物持ちを囮にして逃げる人達である。
それに【収納】持ちが普通である。囮役以外に荷物持ちを雇う意味などないと知っていた。
その日はいつも通りに断った。
そして、次の日に噂を聞いた。この街に近いダンジョンから、『誰でも魔法が使える指輪』が出たらしい。
鵜呑みには出来なかったが、続々と街に人が集まって来るのを見て、本当かもしれないと思うようになった。
そして、王命が張り出されて、噂が確信に変わった。
ダンジョンに行きたい心を必死に抑えながら、働く日々を過ごす。
この街は、空前の好景気である。転売により、今まで考えられなかった資金を得ることが出来る。これは今だけの特需だ。
そして、騎士が全滅したとの知らせが届いた。騎士とは、王家に仕えるエリート中のエリートである。
やはり行かなくて良かったと思ってしまった。それよりもここで、数年は生きていけるだけの資金を得たい。
そんな事を考えていた。
数日後、大量に目的の指輪が出たとの噂が流れた。
そして、競売所で取引されているのを見て、心が踊った。
実演している人を見て思ってしまったのだ。
「……欲しい」
次の日に、新しい騎士が来て全て買い取ってしまった。その後も続々と見つかるらしいが、全て騎士が買い取っている。
騎士への売却を拒否した冒険者は、次の日から見なくなったと聞いた。
安宿で考える。荷物持ちとして冒険者に付いて行っても指輪を得る機会は、まず訪れない。
買うことも出来ない。それこそ俺の生涯賃金をつぎ込んでも買えない値段で騎士は買っているのだ。
冷静に考えれば分かる。大量に出ているのだ。十年もすれば手に入れる機会が訪れるはずである。
だが、止まれない俺が、そこにはいた。
出来る限りの装備を整えて森に入る。冒険者が殺到したので、森にはダンジョンまでの獣道が出来ていた。
このまま、十キロメートル先にダンジョンがあるらしい。獣道は使わずに、視認出来る程度の距離で森の中を進んだ。冒険者に襲われるのを警戒したのである。
背丈ほどある棍棒を杖にして進んで行く。
警戒しながら進む。低級だが、魔物も少なからずいるらしい。
少し進むと、冒険者の装備が散乱していた。ここで、戦闘があったらしい。
認識票を回収する。それと、高そうな装備も頂く。薬品の類も手に入った。
ここで思案してしまう。今、街に帰れば、結構な稼ぎになる。小物の思考が俺の決意を揺るがせる。
そんな時だった。
魔物と目が合った。それも複数……。
俺は、一目散に走っていた。獣道へ出て、街へ向かっていたのだ。だが、手に入れた装備を捨てることはしなかった。
距離にして数キロメートル走っただけだが、生きた心地がしなかった。
そして背後を見ると、ゆっくりとだが魔物が追いかけて来ていた。
俺は、そのまま街に入った。
そして思ってしまった。
「俺は安全に街中で生きていこう」
そのまま、手に入れた装備を抱えて冒険者ギルドに向かった。
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