第8話 お見舞い、セカンドキス
翌日、授業が終わり、帰宅しようと学校の玄関に向かっていると、また生徒会の黒ぶち眼鏡、ウザオが俺を追ってきて、
「松田、花沢さんのことを何か聞いていないか?」
「聞いていない」
「本当か?」
「好きにしろ、それじゃあな」
うちに帰ると、母さんが
「祐介、制服でもいいけど、これから花沢さんのところへ見舞いにいくから、着替えてくるなら急いでね」
「このままでいい。荷物を置いてくる」
カバンを部屋に置いてすぐに玄関に戻り、母さんと一緒にバス停に向かった。
バスに乗ってやって来たのは、歩くにはもちろん距離があるが、バスだとそれほど離れていない総合病院だった。
病院の窓口で、入院患者の名前を言って、病室を教えてもらった。その病院は10階建てで6階から上が入院用の病室だそうで、教えてもらった病室は10階、個室の病室が並んでいる階だった。あとで聞いたところ、昨日未明かつぎ込まれた時、一応の処置をされたあとには四人部屋だったそうだが、今日の朝から個室に引っ越したそうだ。
エレベーターに乗って、10階のナースステーションで来客名簿に名前を書いて病室に向かう。あと1時間は面会可能のようだった。
教えてもらった病室のドアの横には、『花沢京子』と名札が付いていた。
病室のドアを軽くノックすると、花沢のおばさんの声で、
「どうぞ」
と返事があったので、母さんと二人で「失礼します」といいながらドアを開けて病室の中に入った。中には
「祐介くんわざわざありがとう」
「どうも」
「花沢さん、これ気持ちだけだけど」
母さんがハンドバッグに入ったお見舞い袋を京子のお母さんに渡していた。
「松田さん、ありがとう」
「何言ってんの、
「もちろんよ」
「花沢さん、わたしたちは、下の喫茶室にでも行ってお茶しない?」
「いいわね」
「それじゃあ、30分ほど下でお話してくるからあとはよろしくね」
そう言って母親二人が病室から出て行った。
病室のドアが閉まると、
「祐介、来てくれてありがとう」
やっと、京子が口をきいてくれた。鼻に酸素か何かの吸入用のチューブをつけている。そのチューブからシューという空気の出ている音がしている。
あの京子が本当に病人になってしまったことをいままでどこか信じていない自分がいたのだが、たった二日見なかっただけの今の京子の姿を見るとそういった気持ちはどこかへ飛んで行ってしまい、何も言葉が見つからないまま、ベッドの脇に置いてあった椅子に座って、京子の顔を見つめることしかできなかった。
青白い顔をした京子の両目のまなじりがうっすらと赤くなっていた。
「祐介、何か言うことないの?」
いつもと違う。空気が抜けていくような力のこもっていない京子の言葉が耳もとを流れていく。
「いや、特に何も思いつかない」
「何もないの? ベッドに寝ている京子ちゃんを見て、可愛いとか美人とかなにもないの?」
「冗談が言えるくらい元気があるみたいで、少し安心した」
少しも安心できない。
「そう。よかった。
ねえ、祐介の顔をもっと近くで見せてくれる? これを最初に祐介に言った時のこと憶えてる?」
もちろん、憶えている。
「……」
「幼稚園の時、ふざけてキスした時以来ね」
「よく憶えているな」
「それはそうよ。ファーストキスだったんだもの。そうだセカンドキス。ねえ、祐介したい?」
「……」
「田舎顔の祐介、顔をもっと近づけてくれる。鼻に酸素の管をつけてるけどそこは許してね」
幼稚園のときは頬っぺただったが、今回は、額を京子の唇の辺りに近づけてやった。少し恥ずかしいが、お互い中学生だものそんなものでいいだろう。
「目をつむって」
……。
「それじゃあ、チュ!」
いきなり唇に柔らかいものを感じた。
全く驚かない自分がいる。
青白かった京子の
俺は、昔から京子のことが好きだったんだ。京子もそうだったんだ。そのことに気づいた。そういうことだったんだ。
「……」
「……」
二人で、何も話さないまま時間が過ぎていった。
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