ウェディングケーキ・目撃情報・ガソリンスタンド
「目撃情報があったのはこのあたりみたいですけどね。こんな町外れにそんなものあるなんて思えないですけど。先輩は信じてるんですか」
まるで仕事をしたくないと言わんばかりの態度で面倒くさそうにぶつくさと言うのは新米警官の
「こんなにおいしそうなネタはめったに無いんだから、ちょっとくらい付き合ってくれよ。そのためにわざわざ俺に連絡くれたんだろうに」
町外れのガソリンスタンドに妙なものがあると情報をくれたのは田伏の方だ。大学の後輩である彼と飲むたびに、面白そうなネタがあったらすぐによこせと言い続けその場の支払をし続けた甲斐はあったというものだろう。こうやってまっさきにこちらに連絡してくれる。
「こんな田舎じゃな。なんでもいいから記事のネタが必要なんだよ。お前もひとりじゃ心細いって言ってたじゃないか。お互い様だろ」
「そりゃ、言いましたけど。まさかこんなに早く動くなんて思わなかったですよ。明日の朝でいいじゃないですか。こんな事件性もなさそうな件。わざわざこんな夜中に行くことないですって」
この町では何もかものがのんびりしている。警官ですらだ。なんでもここ数年の犯罪件数がゼロを更新し続けているらしく、こうやってなにか通報が入ってものんきに構えている節がある。そんなんで大丈夫なのかと思わないでもない。
しかし人口が減り続けていき、一日中歩きまわっていてもだれともすれ違いもしないほど人との距離が遠ざかっているこの町でなにか起こるとしたら肉親によるものぐらいしかなく、今回みたいに町外れのガソリンスタンドとは無縁なものだと考えてしまうのもわかる。
「明日の朝まで待ってたら消えてしまっているかもしれないんだ。見に行くのは当然だろう」
「こちらとしてはなにもなかったと報告できるのが一番ラクなんですがね。妙なものを見つけたほうが厄介なんですよ。なんですかウェディングケーキらしきものが置かれているって。そんなことがあってたまりますかっていう話ですよ」
「いいじゃないか。あったところでただのケーキなんだろ。最終手段は食べてしまえばいい」
「やですよ。そんなところに置いてあるケーキを食べるだなんて。いまごろ虫たちが集まってたっておかしくないんですから」
「そりゃそうだ。しかし、なんでまたそんな情報が入ってきたんだ?」
「前田のおばあちゃんが、散歩中に見たって言うんですよ。確かにあればウェディングケーキだった。あんなところに置かれちゃ困るからなんとかしてくれって。見間違いでしょっていっても聞いちゃくれなくて。今日は遅いから明日朝確認するよってようやく説得したのに。先輩に連絡したらこれですよ」
文句があるなら最初から連絡しなければよかったのにと思うが、そこはよくできた後輩。恩を忘れないでいてくれる。
「んで。その肝心なウェディングケーキはどこだ?見当たらないが」
街灯も少ない場所だ。ガソリンスタンドの明かりも消えている。それでも懐中電灯でスタンドの中を照らしてもどこにもそれらしきものは見当たらない。
「もう蟻だかなんだかが持ってちゃったんじゃないですか。やっぱり前田のおばあちゃんの見間違いだったとか。もういいじゃないですか。帰りましょうよ」
せっかく明日の朝刊に載せられるような記事がかけるかと思ったのに期待はずれだ。ふと視界の端で足元になにか大量にうごめくものがみえたので懐中電灯で照らした。
「うげ。先輩なんですかその大量の蟻。気持ち悪りぃ。さっさと帰りましょうって」
「明日の見出しは決まったな。消えたウェディングケーキと大群蟻発生の関連性は!?っだ」
「はいはい。ネタが仕入れられてよかったですね。先輩流石に帰りますよ」
「おう。写真一枚撮ったらな」
結局その写真はあまりに気持ち悪すぎて載せることはできなかった。というか、自分でも流石に気持ち悪いと感じてしまったのだ。あまりに多すぎるその蟻はいったいどこからきたのだろうかと、たまに考える。
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