ふるさと・大使館・悪臭
「ちょっと実家に行っていくるね」
そう告げたときの妻の顔が頭から離れない。別に少しだけのつもりだったし、深い意味なんてまったくない。両親の様子も心配だったし、たまの休みに顔を見せておくことも必要だろうと思ってのことだ。
「浮気でもしてるの」
これが笑いながら行ってきたのだとしたら冗談で返したりもできたのだが、まったくもって笑えない顔をしていたのでなんにも言えなかった。
「そんなはずはない」
そう力強く言ってしまったことが逆に怪しさを増しているのもわかるがどうしていいかわからなかったのも確かだ。
しかしふるさとといっても車で一時間。気が向けばいつでも行ける距離だと思っているからこそ行かない距離。そこに行くと言っただけなのにどうしてそんな顔にしてしまったのかと自分の行いを思い返す。
真面目な話をすれば、本気で妻のことを大事にしていたつもりだ。浮気なんてしたこともない。疑われるようなこともほとんどしていない。同僚との飲み会に誘われれば行ったりもしたけれど、朝帰りなんてしたことはないし、真面目に寄り添っていたつもりだ。
「つもりだ、か」
その実。妻の考えていることがわからないのも事実だ。実家に帰ると言う提案も休日になにかをしようと誘っても出かたいところはあるかと精一杯聞いたけれどどれも反応がよくなかったからこちらから切り出したことだ。それもそんなに重い空気で言い始めたことではない。それが急に機嫌が悪くなったのだ。正直どうしてほしいのか言ってほしいところではある。
だから寄り添っていたと言ったところで一方通行なのは否めない。
そんな話を実家でしたら遠回しに注意された。
「臭いところに噂は立たないって言うし。悪臭ばらまいてるのはアンタなんじゃないの」
厳しい一言に反論する気も失せる。思い当たることもないのにそんなことを言われてもだ。
「そういえばお父さんが大使館勤めになったのよ。アンタも早く出世しないと、優子ちゃんに本当に別れ話されちゃうわよ」
そう言われて改めて実家に近づかない理由を思い出す。こういう小言はもういっぱいいっぱいだ。そいうえばこんなことを妻に愚痴ったりしたのはいつだったか。もしかして散々文句を言っていたのにこうやって帰るなんて急に言い始めたからなのか。
「もう帰るよ」
「そうね。それがいいんじゃない。アンタはもっと会話するべきよ。間違いなく」
分かったような口の聞き方をするのは母だからか。
まあいい。ちゃんと寄り添えるように頑張るだけだ。臭いを漂わせているつもりはないのだかれど、それが伝わっていないのであれば結局は一緒なのだ。
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