熱波・タッパ・合羽
「なあ。そのタッパならその棚の上届くだろうよ」
そう下から声を上に放り投げるように話しかけてくるのはふたつ先輩の高杉さんだ。棚の上に押し上げられたダンボールをとって欲しいらしいのだけど頼み方がなんだか嫌だったのでちょっとだけとぼけてみる。
「届きますけど。だからどうしたんですか」
「ちっ。分かってるくせに。そのダンボール取ってくれよ。俺には届かないんだよ」
そうふくれた高杉さんは悔しそうにしていて、それがなんだか申し訳なくなってくる。身長差約40センチは数字以上に高低差を感じるものだ。
こうやってお願いしてくるのもそうだ。でも、それが楽しいとも最近思っていたりする。
「この中身何が入っているんです?」
「あ?合羽だよ。明日撮りに行く時に使うってさっき話ししただろ。聞いとけって。濡れる可能性があるから必要だって顧問のじっちゃんが言ってただろう」
そういえばそんなことを言っていた気がする。なるべく滝に近いところで景色を撮るのが課題とかなんとか。合羽まで必要だなんてよっぽど近づいてから撮影するというのか。
「ほらそのあたりに去年撮ったやつあるだろう」
迫りくる水の勢いを感じさせる写真がいくつも出てきて、思わず声が漏れる。こんな写真を撮れるようになりたいと思って入部したのだけれど、どうにも納得の行くものが撮れていなかったりする。
「みんなすごいですね」
心から本音が漏れたみたいで少し照れくさかったりしたが、正直な感想だ。それに高杉さんになら聞かれても問題はない。なぜってこの部で一番かっこいい写真を撮るのは高杉さんだからだ。
「そうか。みんなふつーだと思うけどな」
そう言う高杉さんにおかしなことを言う人だと思ったけれど、あんまりにそっけなかったので気にしないことにした。
次の日は熱中症対策を万全にしなくてはならないくらいの猛暑で、滝のそばに着くまでみんなひいひい言っていた。
「おーっ。今年もすごいなぁ」
それでも滝まで来てしまえば一時でもその暑さを忘れられ。部員の一言に思わず誰もこちらを見ていないのにうなずいてしまう。目の前にある滝は想像以上に大きく、先日降った雨の影響か水量も多いみたいで迫力は増していた。みな好きなように合羽を着て写真を撮り始めた。自分も負けじとうまいアングルを探すけれど、どれもピンと来なくて頭を抱えてしまう。
「どうした?」
気がつけば足元に高杉さんがいた。
「なんか。かっこよく撮れなくて」
「ん?どれみせてみ」
高杉さんに見えるように少しだけ膝を曲げてかがむ。
「そうか。どれもよく撮れてると思うけどな。俺はお前の写真好きだぞ。どれも俺からは見えない世界だ」
そう言われてハッとした。これだけの身長差だ。高杉さんと自分が見ている世界は違うのか。自分にとって見慣れた光景でも高杉さんにとって見れば見ることのない世界なのか。だから自分は高杉さんに高杉さんは自分の写真に興味が湧くのか。
「ありがとうございます」
気がつけばそう言葉にしていた。だったらもっと自分にしか撮れないものを撮ろうと思った。その光景を高杉さんに見えてあげたいとも。
「うわ。なんだよこの暑さ。熱波がくるとか言ってたけど、滝のそばでこんなに暑いのありかよ。なあ合羽なんてもう脱いで体冷やそうぜ」
合羽を脱ぎ捨てて滝のそばで気持ちよさそうにしている高杉さんにカメラを向けた。
その写真が賞を取るなんて信じられなかったけれど、高杉さんは信じられないくらい怒ってもいた。勝手に取るんじゃねぇ、と。それでも少しだけ嬉しそうに見えたのは気のせいじゃない。きっと。
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