たこ焼き屋・角度・演技

 たこ焼き屋の屋台をやることになったのは成り行き上、仕方のないことだったと今ならば言える。

 就職活動に失敗したのは自分の責任ではないと言い張っていたのがいけなかったのか、定職に就くこともなくふらふらと毎日を過ごしていたのがいけなかったのか、誰かれ構わずお金をあてもないのに借り続けたのがいけなかったのか。

 気が付けば怖いお兄さんたちに囲まれていて、拒否する権利なんて持ち合わせていない僕は言われるがままにたこ焼き屋の屋台で毎日の様にたこ焼きをひっくり返し続けている。

「よう。にいちゃん。今日の分、もらいに来たぜ」

 明らかに堅気じゃない真っ白のスーツを着たおにいさんが近寄ってくるのもいつものことだ。この人がいるからと言ってたこ焼きを買わずに逃げていく人もいるのだから、商売の邪魔をしないでもらいたいと思ったりもする。

「うっす。お疲れさまです。これが今日の分です」

 でもそんなこと怖くて言い出せないから、こうやってへこへこしながら、頼まれたものを相手に渡す。透明なビニール袋に入ったそれは、白い粉であること以外に情報はない。きっとたこ焼きに使う小麦粉だと信じている。それをわざわざ僕を経由している理由は考えないようにしている。なぜって最初にそうもっと怖い人にそう言われたからだ。

「おっ。今日のは美味そうじゃないかひとつよこせや」

 最初の頃は、上手に焼けなくて人が食べるモノじゃないとののしられたものだが今ではこうやって喜んで食べてくれたりもするのを見て、うれしくなる。これが演技だと疑うことなく受け入れられているのはこの人たちが嘘をつかないことを感じているからだ。不味いものは不味いと言う。美味いものは美味いと言ってくれる。

 忖度なくそう接してくれる人間が周りにいなかったのがどれだけ窮屈だったのかここにきて思い知らされた。

 ずっとみな僕の顔色ばかりをうかがっていた。それは僕の身体がひとよりもふたまわりくらい大きくて、立っているだけで威圧感与えてしまうことにあるのだろう。

 でもここに来る人達は身体は小さくても態度は大きい。

「熱いなおいっ」

「すみません。これ水です」

「いや、いい。熱くてうまい。これがたまらん」

 ここで働くことが出来て良かったと最近では思い始めている。成り行きでもなんでも。こうやって働くことに喜びを感じているのは幸せなことなのだと思う。角度を変えただけで人生こんなにも変わるものなのかと、目から鱗が落ちるほどの驚きだ。

「そういえば最近、怪しい連中が嗅ぎまわっているみたいだから気を付けろよ」

 そんなことを言われたのは初めてで何をどう気を付けていいの分からない。

「ま、お前は美味いたこ焼き作ってればそれでいいさ」

 そう言って去っていたのを見送る。

 それからと言うもの、誰も今日の分を取りに来なくなった。もっと言えば、ここでたこ焼きを焼けと言った人たち全員だ。

「ねえ。ここでたこ焼きやれって言った人たちどこに行ったか知ってる?」

 しばらくして刑事を名乗る人たちがやってきてそんなことを聞いてきた。でも知らないものは知らないので答えようがなかった。

「たこ焼き食べます?」

 威圧したつもりはなかったのだけど、刑事さんたちはたじろいでいた。あの人たちとは違うんだな。そう思うと、ここで焼き続けることに意味があるような気がしてくる。

「美味しいですね」

 刑事さんのひとりが受け取って食べてくれた。

「ええ。自慢のたこ焼きですから」

 ここで美味しいたこ焼きを作っていたらきっといつか帰ってくるそんな気がしたからだ。

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