拡声器・犬も歩けば棒に当たる・対価

『犬も歩けば棒に当たる!!』

 その声の主は見えないけれど、その声はどこまで届くのかと思うくらいに大きく辺りに響いた。

 今いるのは外であり、人通りは少ないもののそれは昼間だからで、見回せば一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街だ。そんな場所で大声を出すなんて近所迷惑もいいところだ。それにそのことわざの意味することは大きく不明で、何を伝えたいのかまったくわからない。街中でそんなことを叫ぶ理由なんて到底思いつきやしない。

 それでも人間の心理と言うものはこういう意味不明な場面に遭遇するとその原因が気になって仕方なくなるのだ。いわゆる野次馬根性が発動してしまう。今もまさしくその通りだった。だれがなんのためにこのような発言を街中でしなくてはならなかったのか、それが気になって仕方がない。

 しかし、一度の声しか聞こえてこず、その発声元がどこなのか見当もつかない。そう思いながらもその一度の声を頼りに歩き回る。これが用事の最中だったり仕事の合間だったりしたらこんなことをしなかっただろう。しかし、今は散歩中、それも宛てもない散歩だ。なんならちょうどいい目的が出来たなんて内心思ったりもしている。

 それからしばらくして、一向にその姿が見当たらないことにだんだんと後悔し始める。そもそもそんな大きな声を出したら恥ずかしさのあまりにその人はその場所から逃げてしまうのではないのか。その場で何かをし続けているのならば、また声を出しているはずで同じ場所に居続けるはずなんてないのではないか。そんな思いがこみ上げてくる。こんなことをしていないでさっさと帰ったほうがいいのかもしれない。そう思い始めた頃、拡声器を持ったひとりの青年が立っているのを見つけた。

 そこはよくある生活道路の十字路だ。その角にはごみステーションがあり、回収を待っているごみが置いてある。それとは対角線に位置する場所に青年は立っていた。拡声器は力なくだらりと垂れる手の中にあり、青年自身もどこかうなだれているような感じがする。

 声をかけようかと思ったがその負のオーラをまとった姿に流石に躊躇せざる負えない。しばし悩んだ結果、声をかけるのを諦めた。好奇心を満たすための対価としては釣り合わない気がしてならないからだ。声を掛けたら最後、面倒ごとに巻き込まれる気がする。関わってはいけないと本能がそう告げている気がするのだ。

 それでも視線は青年からそらせずにいる。それがどれほど危険な行為かも気が付かないまま。

 途端。青年の頭が持ち上がり視線がこちらを向いた。普通の優しそうな瞳をしている青年だ。口元もゆるみを見せ少しだけ笑っている様にも見える。それなのに不気味さは全身からあふれ出していた。

 ああ。これは手遅れなのだとなんとなく思った。これは関わるしかないのだ。たとえどんなに面倒なことに巻き込まれても。ここまできたからには引き返せない。好奇心で近づいてしまった対価を払おう。

 そう決心した。

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