ピン芸人・トラウマ・走馬灯
テレビの中の舞台の上でフリップをめくり始める芸人の姿を見て、鳥肌が止まらなくなる。それは決して感動したからでも、好きな芸人のネタが面白いからでもなくて、もっとも悪い方向での話で、申し訳なく思ってしまう。申し訳ない気持ちの原因はもっと複雑でややこしいものだとも思うのだけれど、とりあえず彼がピン芸人としてその舞台に立っていることが怖くてしょうがないのは間違いない。
『信号機の信号機のための信号機によるフリップネタ!』
そう宣言しているのを見て会場が少しどよめいたのは何故だろうか。彼が家電三兄弟の三男で、家電やないやないけのうたい文句で、一瞬だけテレビに引っ張りだこだったのを覚えてくれているからだろうか。
彼がピン芸人で活動を始めたのは全部自分が原因だ。家電三兄弟が長男、洗浄機の責任だ。舞台に立てなくなったのは精神的なものが原因だと医者には伝えられた。つまりはトラウマなのだという。まったく心当たりがなかったわけじゃない。ウケが悪すぎてしらける客の視線。笑ったと思ったら失笑。ネタの最中に立ち去る客。寝る客。ネタの中で怒声を飛ばしてくるのも居た。それでも一番厄介なのは、登場のオチの部分を先に大声で言ってしまうやつだ。
『はいどーもー。洗浄機です』
『扇風機です』
『信号機です』
『家電三兄弟です!』
『ってお前、家電やないないかーい』とツッコミを入れる前に大声でそのまま言われてしまったらウケるものも受けない。当然だけどウケないものウケない。
いや、だからと言って舞台に立てなくなるほどのトラウマになっているなって自覚は無くて。今だってあそこにいるべきだとは頭では理解しているのだ。しかし身体が言うことを聞いてくれず舞台に上がることは結局できないまま。次男の扇風機と信号機はコンビで活動するわけでもなくピン芸人としての道を歩み始めている。
見なきゃいいのにこうやって昔の仲間たちの芸を見ているのは正直しんどさが上回るし罪悪感に押しつぶされそうにもなる。それに……。
『洗浄機の兄貴がやらかした話!』
こうやっていつまでも昔のいじりネタをピン芸人になってまでもやっているのが見るに堪えない。いっそ爆笑してやれたらいいのだが、そんな気分には到底なれそうにない。まるで走馬灯を見ているかのように昔の自分をいじられ続けるのを見ている。
やめてくれと叫びそうになりながら、あそこにまた立たなきゃいけないと思いながら。ピン芸人になる理由をふたりに聞いた時のことを思いしては気づけば握りしめていた拳に力が入る。
『三人じゃなきゃ家電三兄弟じゃないじゃないか』
そう言ってくれたふたりに応えられるように今は必死に堪える。いつかあの場所に戻れるとそう信じて。
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