ダイナー・召使い・言語道断

 普段は大勢いる召使は今はすべて出払っている。地元では大きいとささやかれているこの屋敷も普段は狭く感じるのだけれど、だれも居ないとあらば流石に広さを感じさせる。

 なにせ記憶にある中で初めての事だ。自分の家ながらすこし落ち着かず、家の中をぐるぐると歩き回ってしまう。

 なぜ出払っているのかと言えば、今回の縁談の顔合わせを受けて貰うにあたっての相手側の希望だった。なんでも人目が多いところだと緊張してうまく会話できないらしい。そんな殊勝なことを言われてしまったら従うざる負えない。豪華な会食も考えたのだがここは自宅で親密さを演出することに決めたのだ。

 召使には近くのダイナーにでも行って来いと命じてある。もっと豪華なところを用意してやってもよかったのだがダイナーで大丈夫とみなに言われてしまえばそれ以上はないも言えない。普段世話してもらっているのだから、これくらいの特別報酬はなんてことないのだが、どうやら気を使わせてしまったらしい。

 そろそろ来てもおかしくはない時間なのだが、とつい時計ばかりに目が行ってしまう。相手もそれなりの家の生まれで歳も境遇も似たようなものだと聞く。政略結婚以外の何物でもなく、形式による儀礼のようなものだと思うのだが、それはそれとして、やはりこういうものは緊張する。それが珍しい感覚なのでどうにも落ち着かない。

 門に設置されたインターフォン押されたのかそれを知らせる合図が屋敷に鳴り響いた。しばらくして、普段なら対応するはずの召使いがいないことに気がついて慌てて部屋にあるモニターで相手を確認する。写真で見た女性が確かにそこにいた。すぐ扉を開けることを伝えると玄関に向かう庭はよく広いと言われるが歩いて数十歩の距離だ。大したことはない、しかしあまり待たせるのも良くないと思い少しだけ足早になる。

 重厚な門を開けるためのボタンを押した。ゆっくりと開かれる門の先に先程モニタで確認した女性がいた。連れの人もいないようだ。当然向こうからの申し出なのだから他の人がいるはずもない。

「お会いしとうございました」

 そう言って駆け寄ってくる女性にたじろいでしまう。ぶつかりそうな勢いだ。どうしていいかわからず腕を広げてみた。ウェルカムなその姿勢に女性は少しだけ戸惑ったようにも見えたがその勢いが落ちることない。

 女性の髪から流れてくる匂いに新鮮味を感じならが腹部に感じる衝撃を確かめていた。

「まさか。そういうことだったとは」

 刃渡りは十センチほどだろうか、小ぶりだが殺傷性のしっかりとした武器だ。隠し持っているそぶりもちっとも見せなかった。

「そんな。警戒なんてしてなかったじゃない」

 その女性、いや暗殺者になるのだろうか。彼女はうろたえている。そうれはそうだ。刺したはずの刃物は皮膚の手前で防刃チョッキに阻まれ致命傷に至ることはなかったのだから。

「まあ、召使いたちがどうしてもと言うからつけておいたのだ。まあ、感謝しなくてはならないな。しかしこの家を狙うとは言語同断。どうなるかはわかっているな」

「ちっ、任務失敗は死も同然だよ」

 彼女は奥歯で薬を砕いたようだ。プロの形式美というやつか。仕方ない。依頼主の情報を与えるわけには行かないのだろうから当然なのかも知れない。

 しかし気が重い。ちょっとだけ楽しみだったドキドキを返してほしいものだ。

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