ビリヤード・3点支持・ピーマン

 ピーマンがどこまでも転がっていく。平坦なのだが、止まることなく、奇麗に転がっていくところを見ているとピーマンとはこんなに丸いものだったのかと疑いたくなってくるくらいだ。しかしどう、目を凝らしてみてみてもそれはまっすぐ転がるようには見えないピーマンだ。それにそのピーマンはよく目を凝らせば凝らすほど巨大なものだと思えてくる。自分と同じくらいの大きさであると認識した時、これは夢なのだとしっかりと思った。試しにほっぺたをつまもうとして、つまめないことに気が付く。それも夢だから上手く身体を動かせていないに違いない。しかし、それはどうやら違うようで、自分が何かに包まれているのを感じる。

 それは丸いなにかだ。自分の足首から首元にかけて球体が自らの身体を包んでいる。かろうじ腕と足が出ているから立っていられるし動きもできる。しかし、その球体に阻まれて手はほっぺに届かないのだ。

 ――カンッ!

 大きなお音がしたと思ったら隣を自分と同じ大きさの白い球体がすごい勢いで通り過ぎていく。そしてピーマンに当たると。先ほどと同じように大きな音が鳴る。はじかれた白い球体とピーマンを見てこれがなんなのかを把握する。これはビリヤードだ。ビリヤード台の上に自分はいて、自分はビリヤードの玉になっているのだ。ありえない状況だが、これは夢なのだからありえない話ではないだろう。

 長い棒が空に向かって伸びているのが見える。あれはキューだ。白い玉を突くようにセットされた。誰かが持っている気配もなく宙に浮かんでいるそれは神の所業のようにも見える。そしてその突いた直線状には自分自身が置かれている状況に気が付いて、戦々恐々する。次にポケットに落とされるのは自分の番だ、と。それは恐怖以外の何物でもない。幸い動けないことはない。一生懸命足を動かし先ほどまでいた場所から移動する。大きな音と共に白い玉が向かってきて先ほどまでいた場所を通過した。

 危なかった。あんなのに当てられたら無事で済む気がしない。しかし、その油断がいけない。ビリヤードは壁を使って反射させて狙うものだ。つまり、ゴォォと音がして振り返るとそこには反射してきた白い玉がそこにあって。身を守るすべはこれしかないと、頭、腕、足を玉の中にひっこめた。大きな音とともにものすごい揺れが襲い掛かる。平衡感覚は狂い続け今自分がどの方向を向いているかも定かでない。世界が回り続けた。

 しばらくすると回転は落としくなっていくのを感じ取ることはできたが世界は相変わらずぐるぐると回り続ける。それは止まっても同じだった。しばらく世界が揺れ、胃の中のものを吐き出そうにも夢であるがゆえに吐き出せず、我慢するしかない。

 顔を恐る恐るだすと、目の前に虚空の穴が開いていた。どこまでも深く、底が見えないそれは深淵を彷彿とさせる。それがビリヤードのポケットであると気が付くのにしばらくの時間を要した。ここに落ちたら夢から覚めることが出来るのだろうか。否。それは恐怖でしかない。この台の上から脱出することがなによりも大事だ。

 幸いここは台の端っこ。穴の横にある大きな壁の向こうが台のそとなのだろう。このスケール感だから気付くことが出来たのか壁には凹凸がそれなりにあり、頑張れば登ることが出来そうだ。

 三点支持だ。基礎を忘れずにしっかりとゆっくりと登っていけば脱出できる。そう確信して登り始める。そして気づくのだ。自分の身体が球体でおおわれていることに。突き出した腹の部分が手より先に壁に当たる。足は浮いていた。三点支持とはどこへ。その疑問に答える間もなく、当たった反動で自分が転がり始めるのを感じた。

 ――ガタン!

 大きな音を立てて全身に痛みが走った。目の前に壁がある。しかし先ほどまでの壁と違ってそれには見覚えがあった。そこまでしてようやく意識がはっきりとしてくる。

 ああ。ベッドから落ちただけか。そうして心底ほっとした。そして横にはなぜかピーマンが一緒に転がり落ちていた。

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