メカニック・不正出金・バスソルト

 賑やかな格納庫は任務前の準備で賑わいと言うより、騒がしく焦りや緊張感もありそこにいるだけで疲れてしまう。

「おい。今日の戦闘は危険なんだろ?」

 メカニックの木村のおっさんが声をかけてきた。今日の任務内容は確かに危険だがそんなのはいつものことで、木村のおっさんがそれを気にかけるのもいつものことだった。

「楽勝だよ。おっさんも俺の強さは知ってるだろ?」

 撃墜王エースとは俺のことであり、少しは名の知れたパイロットだと自負している。そのエースに向かって心配をするおっさんも心配性だと思うし、老婆心もそこまでいくと行き過ぎな気もする。

「油断は禁物ですよ」

静かな格納庫にその声はよく通って響いた。声の方向を見ると副隊長がそこにいて、出撃の準備をしている。いつも物静かな女性ひとだ。ここにいるのが似つかわしくない女性ひとがなんでこんな戦場にいるのかも正直謎だ。噂では不正出金の被害にあい、生活が苦しくなった結果こんなところにいるなんて言うのも聞いた。まあ、それくらい似つかわしくない証拠だろう。

「油断なんかしてないですよ。いつもどおりです」

 そういつも通りだ。今日も撃墜数を記録することが決まっている。ふと、副隊長の指先が気になって目で追ってしまう。なにかと思ったら、色が付いている。マニキュアってやつか。

「どうしたの?」

 それを見つかれれてしまってなんだか悪いことをしていた気になってくる。

「それ。珍しいですね」

 それを紛らそうと話を振ってしまう。

「ああ。これ。願掛けみたいなものよ」

 そう言ってゆっくりと手を高く上げて見せてくれる。そっけない副隊長にしては珍しい行為だ。

「先輩からもらったお守りみたいなもの」

 そう告げてきたその先輩の名前を聞いて、先日の戦いで帰還しなかったのを思い出す。その時は悲しかったのだがすぐに戦場に送り出されてすっかり忘れていた。

「だから油断しちゃだめよ」

 そう言われてしまうと、そうせざる負えない。気を引き締めます。と告げて準備に入る。そうは言われてもとも思ってしまう。ここは戦場で、死と隣り合わせで、それ以上に生と隣合わせで、油断なんてしていないのは本当で、いつもどおり撃墜王エースを目指さなくては怖くていられないのだ。誰よりも速く、多く、いっときでも死を感じる時間を少なくするために。

「はい。これあげる」

 副隊長が何かを差し出してきた。

「バスソルト。ポリッシュ気づいてくれたお礼」

 ポリッシュ?なんのことだかわからないけれど、もらえるものはもらっておく。でも……。

「縁起悪くないっすか」

 思ってもない返答だったのか少しだけ副隊長が止まる。

「そう。かもね。でもこれも先輩たちから受け継いだ伝統みたいなものだから。キミにも引き継いでもらいたいと思ったんだ」

 そこには色々な想いが載せられているのだろう。これでまたひとつ撃墜王エースを目指す理由が増えてしまった。

「今日も俺が撃墜王エースだ!」

 突然の気合の言葉だったが格納庫が沸いた。やってやる。今日も戦場は目と鼻の先だ。

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