トカゲ・三面鏡・馬の骨のお面

 馬の骨のお面がそこにあった。役に立たないだろうけれど、決して比喩ではない。それがこちらをにらんでいる。いや骨だけなのだからかにらむも何もないのかもしれないけれど、確かにそれはこちらをにらんでいるように見える。

 そのペンションに訪れたのはただの気まぐれだった。都会の喧騒から逃げる様に休みのたびにどこかへ旅行へ行くのが常だ。その中でも人とかかわらない場所がいいと決め込んでいたのでペンションが多く選ばれる。大きいやつではない、一人用の小さいものが割と探せばあるのだ。

 そのペンションもそんな一人用のありふれているものだと思っていたが少し面持ちが違った。たいていは数戸が連なっていることが多く、隣が見えるほどには近いことが多いのだが、この場所は辺りを見渡せば木々に覆われていて、近くの家の屋根すら見えない。道は続いていたし、舗装もされていた。けもの道らしきものは見当たらないことから、普段から人が立ちよる場所ではあるように思えた。玄関の扉もきれいに掃除されていたし、冬の時期にも関わらず落ち葉とかは周りに落ちていない。手入れが行き届いている。

 ふと、視界の端に動くものをとらえて視線が流れる。トカゲか?ヤモリか?とにかく小さな爬虫類だ。それが玄関のそばを通って軒下に消えていった。ああいうのがいるのならば虫も少ないのかもしれない。そう思って玄関を開けた矢先のことだ。例の馬の骨のお面がそこにあった。

 オーナーの趣味なのだろうか。少しだけ不気味に見えるそれもなんだか、凛々しく思えてきたりもする。気にしても仕方がなくそいうものだと理解して部屋の奥へと入る。

 これまた珍しく三面鏡の姿鏡が部屋の角に置いてあり、部屋の中を映し出している。あまりに似つかわしくない光景に足が止まる。馬の骨といい三面鏡といい、ここのオーナーのセンスは少し変わっているような気がする。とは言えそのほかは普通のペンションと変わり者なようだ。

 荷物を置いて一息つく。この静かな空間がたまらなく好きだ。そう断言できる。特にここはいい。周りの家が遠い影響もあるだろうが、本当に人の気配がしない。まるでこの世界に自分一人だけ存在するかのようだ。

 ――ガタンッ!

 大きな音がして椅子から飛び上がるように立ち上がった。音は玄関からしていたように聞こえた。恐る恐るのぞいてみるが何も変わった様子はなく、馬の骨のお面がそこにあるだけだ。

 なんだっていうんだ一体。ペンションの外からではないと思ったのだが小さなペンションの中、ほかの人の存在なんてあるはずもなく、隠れられる場所なんてないように思う。そう思いながらもトイレや風呂場を確認してしまったが特に変わった様子はない。なんだったのかと思いながらそれでも気のせいだったのだと自分に言い聞かせて再び椅子に座って一息つく。

 ――ガタンッ!

 そこで再び音がした。今度は恐怖で立ち上がることもできない。間違いなく何かがいる。また玄関の方から聞こえた。

 馬の骨が勝手に動いているはずもないだろうが、こうも続くと何かがいるのではないのかと、不安が募り始める。

 ――ガタンッ!

 三度なった音に、耐えられなくなって荷物を持って外に出た。その間も何事も異変は見受けられない。誰かがいるところへ。必死になって人里に向かう。人恋しいなんて思ったのは何年振りだろうと、ちょっとだけ頭をよぎった。

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