昆虫食・マクロ・自慢

 マクロな世界で見れば目の前に置かれた食材は比較的食べられているものであり、決して珍しいものではない。そう必死に言い聞かせて、食べる瞬間が訪れるのを待ち続けている。

 待ち時間が長いと言うのは決していいことではない。食べた時の触感や匂い、それらを想像しては身体が震えるのを堪える。長ければ長いほど、精神的な疲れはたまり続け、口に運ぶ勇気をだんだんと奪っていく。

 それから逃げる様にこうなってしまった経緯を思い出す。突然声をかけられたのは久しぶりに出た街中での出来事だ。環境問題に興味はありませんか?簡単なアンケートにお答えいただいてます。もちろん謝礼はさせていただきます。と矢継ぎ早に知らない人から言われればいったん引きもする。それでもアンケートに答える気になったのは、すさまじいほどの時間の余りっぷりなのと、金銭に不安を覚えていたからなのと、ほんのちょっとの好奇心だ。それがすべて間違いだったと気付くのは謝礼の正体が食事だったということ。そしてその食事が環境を考えての昆虫食だったということにある。

 形が分からなければなんとかなったのだろうと思うけれど、しっかりと芋虫の形をしているそれはしっかりと焼き目が付いていて味付けもされている様に見える。その証拠にいい匂いが漂ってきている。それで食欲がそそられると思いきや、それでも見た目に圧倒されて胃は縮小してしまうのだ。

 そして、準備ができるまでなぜか待たされている。準備と言うのが何を指すのか分からないまま、ただ目の前のものを食べると言う、試練だけが付きつけられたままお預けをされている。

「それでは準備が整いましたので、こちらをご覧ください」

 そう言うと会議室っぽい部屋の端にスクリーンが降りてきてプロジェクターからの映像を映し出し始めた。それは昆虫食がどれだけ環境によく、これからの人類を支えていくかという紹介動画だ。食糧難を比較的簡単に解消できると期待されている昆虫食を美味しく食べることが出来れば、それは幸せだと。どこかの宗教みたいなことを言い始めたところで動画は終わった。

 い、いったい何を見せられてのか分からないまま、食べることを促された。今から食べるものを直視して少しだけ怖気づく。いや、こんなもの食べれるのか。そう思いながら箸で持とうとするがつるっと滑ってうまく持てない。それがまた、食欲を減衰させる。

 自慢じゃないが好き嫌いはないほうだと思っていたのだ。しかし、それが覆されていた。なんならこの料理が目の前に運ばれてくるまで食べれると自負していたような気がする。それがどうだろう。今の状況は。すこしだけやけになってくる。どうにでもなれと口に押し込んだ。しかし噛むことが出来ない。怖い。噛むときの感触が怖くて噛めない。であれば方法はひとつだった。

 喉をそのままの形で通り過ぎた感覚がある。多分気のせいだと思う。気にしすぎだ。でも、そのイメージが頭から離れてくれず、二、三日苦しみ続けた。

 人類にはまだ早いんだきっと。そうよくわからないことを思った。

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