嘘・灯台・カミキリムシ

 断崖絶壁とまではいかないが見下ろす光景はそれに近いものがある。よくある二時間ドラマのラストシーンみたいな迫力はないけれど、一歩間違えれば真っ逆さまなのを考えてしまうと足の震えが止まらないのも事実だ。

 世間ではクリスマスだと騒いでいる中、海沿いの特にこの時期は荒れ模様の海を見る人なんていない、観光地に足を延ばしたのは人があまりにも多いのに嫌気がさしたからだ。わがままを言ったと思っているが、となりで歓声を上げている彼を見ると、あながち間違った選択ではなかったのだとも思える。日本の本州最南端に近いこの場所でもクリスマスツリーが立っていて、辺りを照らしているのが眼下に見下ろせる。

 今、いるのは灯台の中だ。辺りを照らす役目の他にこうやって景色を見下ろすための観光スポットになっているこの灯台は自分たちの他に数組のカップルがいた。年齢は若く初々しいのから、子育てが終わったとみられる、熟年まで様々だ。そうして自分たちが他からどう見られているのか気になってしまう。

 新婚の夫婦に見えているだろうかと少しだけ心配になってしまうのだ。彼は年下で、ちょっとだけ歳が離れている。ないとは思うのだけれど親子なんて言われた日には卒倒してしまうのだが、その危険性が少しでもあるとは否定しがたい。なんせ彼は普通より子供っぽい。というか年齢不詳に見える。20代前半と言われればそうとも見えるし、30代後半と言われればそうなのかと納得さえしてしまう。実際はそのちょうど中ごろで自分がその後ろの方に当たるのだが、いかんせんその外見のせいで何度か妙な間違え方をされたのだ。少しだけ気になるというものだ。

 しかし当の彼はと言うとそんなことを気にもしないで灯台から見渡せる景色を存分に楽しんでいる。そうはいっても暗くなり始めている景色だ。見えるのはクリスマスツリーと海に反射しているわずかな光。それを純粋に楽しむことが出来る彼だから若く見られすぎたりするのだがそれがいいところだったりもする。

「えっ。嘘。すごくない?」

 突然彼のテンションが上がって少しだけ驚いた。ここまで激しいのも珍しい。どうしたのかと彼の視線の先を覗き込む。

「ねっ。カミキリムシ。この時期に珍しいじゃない?」

 いきなり虫を指さされれば悲鳴も上がる。びっくりして飛びのく。どうしたどうしたと辺りが少しだけざわついたので、なんでもありません。とぺこりとしてしまった。これは彼の悪いところだ。わざわざ見たいものでもない。ほっといてほしい。見たくなかったと言いかけたのをぐっとこらえる。言ってしまうと彼はすねる。ほぼ間違いなく。それほど質の悪いくせではないのだがちと面倒なのでスルーする。これも長いこと一緒にいるコツみたいなもんだ。

「ねっ。そろそろ降りようか」

 彼は満足したのか灯台から降りようとする。

「なんでここに来たいって思ったの?」

 不意打ちだった。そんなこと聞かれるなんて思いもしなかった。確かにここに行こうと提案したのは自分だし、意味がなかったと言えば嘘になる。

「人ごみが嫌になったのよ。それだけ」

 疲れてしまったのは本当だ。仕事もプライベートもクリスマスくらいはそれから解放されたかった。

「そっか。いつでも言ってくれれば、どこへでも行くから」

 それは彼なりの心遣いなのだろう。ひとりになると悪い方向ばかりに考えが進む。それはありがたい言葉だ。

 どこまでも一緒に。そうなれるよう進もうと。このとき本気で思ったんだ。

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