さそり・家康・背表紙

 本棚の背表紙が奇麗に並んでいると少しだけど心が躍る。教科書、歴史書、文芸、ライトノベルに漫画。なんでもそうだ。レーベルごとに工夫された背表紙を見ていると揃えたくなる収集心をくすぐってくる。とはいえ物事には限度があり、それを成すことはできやしないのも分かっている。お金も場所も時間もすべてが足りない。世界中の本を読むことは人間にはできやしないのだ。それが悲しくもあり、楽しくもある。本との出会いは一期一会。それを楽しむのがいいのだ。それが例えこんな場所だったとしてもだ。

 日本と言えば日本であることは間違いない。それは家のつくりから見ても分かることで日本古来から伝わる家のつくりの特徴は見ればわかる。それに着物を着たちょんまげの男性がズラッと並んでいればそれも日本であることをさらに主張してきていることもある。

 しかし、令和の日本にちょんまげの男性がずらっと並ぶなんてテレビの中だけだと思っていたし、実際そうであると信じて疑っていない。だから今目の前に広がっている光景は夢なんだと自分に言い聞かせたりもする。

 夢にしては自分の知識が及ばないところまで精巧に再現されているような気がするのが気になるところであるが、脳は自分が思っている以上にいろいろなものを知覚していると言うのだからあながちおかしなことでもないのかもしれない。

 事の始まりは、古本屋に並んでいた一冊の本だ。古ぼけた本ではあったが、一冊だけ背表紙が合わない場所に刺さっていたのに気が付いてどうしても元の場所に戻したい衝動に駆られた。

 それに抗えず本を手に取ったところまでは良かった。次の瞬間自分の目を疑った。幾度となく目をこすったし、自分の頭がおかしくなったのではないかと幾度か叩きもした。それでも、そのサソリは確かに足元に存在していたし、今にも刺しそうなくらい尾っぽの針を威嚇するように動かしている。手に持っていた本を適当な場所に刺した。

 その瞬間だった。光が突如として現れ、気が付けば今の場所だ。つまり、あのまま気絶してしまって夢を見ているに違いない。そう思うのだが、一向に夢から覚める気配もない。

 それどころか、不審者をとらえたと言わんばかりに捕まえられている自身の状況をどう説明してもちょんまげたちは理解してはくれない。

 急にちょんまげたちが、頭を下げた。これはあれだ偉い人が奥から出てくる展開だ。自分の夢の事だそれくらいは分かる。そうして出来てきた顔を見て、

「家康!?」

 そう声を上げてしまう。よく見る肖像画のような絵にそっくりなその存在を驚かないわけにはいかない。まあ、夢だそっくりでもなんの問題もなく、無礼を働いたからと言って打ち首にもならない……そう思ったのだがどうやら違うらしい。ちょんまげたちがものすごい形相でこちらをにらんできている。死の感覚なんて感じたことがなかったけれど、ちょんまげたちからはものすごい殺意が向けられてきて、恐怖で思考が止まった。

 目覚めろ。目覚めろ。目覚めろ。そう必死に願う。明らかに夢なのだ。覚めてくれないと困る。

 手の甲にチクっとした痛みが走った。

 目が覚めた。見上げるのは本屋の天井。そして手の痛みは続き、そちらを見るとサソリが一匹。全てを察して、病院へと駆けた。

「あの小僧。運がいいな。まさか帰ってこれるとは」

 そう店主がつぶやいたのも聞かないまま。それが運がいいのか悪いのか、だれにも判断付かなかった。

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