廃村・白湯・つむじ

 訪れた村は、一言で言ってしまえば寂れている。それに尽きるだろう。人の気配は少なく太陽も真上にあると言うのに、人の声が聞こえることはほとんどない。歩いている姿も実は見ていなく、それでもところどころに残る人の生活の痕跡が真新しいこともあってかろうじて廃村でないことだけがわかる。

 少しだけ悩んだ末に、おそらく開いているだろうお店に入る。表にはメニューもなく、食処の文字とのれんが架かっているのだけが指標でしかない。不安と少しの期待を胸にそのボロいつて動きが悪い引き戸を引く。

「いらっしゃい」

 思ったよりも早く反応があって少しだけ驚く。失礼だけれど奥にこもっているのを大声で呼ばなくてはならないものだと思っていた。しかもこれまたおばあちゃんではなく20代の女性が立っていたのだらか二重で驚く。若者がいるような村には見えなかったからだ。

 思わず見とれてしまう自分がいた。化粧は薄く、しかし肌艶はあり、思わず視線が泳ぐ。

「どうそ。空いてるところにお座りくだささい」

 ぼうっと突っ立っていることに不審に思ったのか。そう促される。

「白湯でいいですか?」

 そう問われて、はいと返事をする。矢継ぎ早に問いかけられて、どうにも焦ってしまう。ゆっくりしたいわけでもないが相手もどうしていいのか迷っているようも見えた。もしかしたら村人以外がくるのは本当に珍しいことなのかも知れない。

 来る前から決めていた村の名物を注文すると女性は奥へと入っていってしまう。ひとりで切り盛りしているのだろう。それもそうだろう。誰も入ってくる気配はなく、一日の来客数もたかが知れているだろう。ひとりで十分なのだ。しかしそうなるとやっていけるのだろうかと言う心配がよぎる。

「どうぞ」

 注文した料理が到着するころには白湯も飲み終わっていた。

「お客さんのつむじふたつあるんですね」

 突然降ってきた声に驚いて頭を隠してしまう。とくに意味はない、不意に反応してしまっただけだ。特に隠さなくてはならないものでもない。ただ、突然だったから驚いただけだ。

「あっ、すみません。失礼ですよね。急にそんなこといわれたら」

 だからそう、申し訳なさそうにする女性に申し訳なくなるのはこっちだった。

「実は私もふたつあるんです。ほら」

 そう言って見せてくるつむじはたしかに2つあった。だからどうしたと言うこともないのだが、不思議と笑顔になる。向こうも釣られたみたいだ。

「また来ます」

 帰る頃にはすっかりそんな気分になっていた。近いうちに必ず。

 そう告げたあと、見送る女性の方は恥ずかしくて見ることができなかった。

 相変わらず村に人はいないように思える。それが気味悪くないなんて言ったら嘘になるくらいには。

 それでも確かに人が住んでいることを確認できたので、調査はこれで終わり。報告書に正直に書こう。

 沈めてしまうには惜しい村だと。

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