部族・白い粉・赤いロウソク

 新しい部族を作るの。そう息巻いていた漫画の主人公を思い出した。何を見て思い出したかと言えば、学校での入学式の直後、自由になった途端に一斉に動き始めた人たちを見た時だ。

 中学時代の友人と円を囲むものも居れば新しい円を形成しようと見知らぬ人へ話しかけている人もいる。もちろん、ひとりで席に座ったまま何もしない連中も多いが、それよりも駆けまわっている人たちの方に目が泳いでしまって、目が回りそうになる。

 目頭を押さえながら机に突っ伏すとぼんやりとこれからの高校生活を想像する。しばらく想像しようとして諦めた。どうなるかなんてわかるはずもなく、どうしようかも決めていないのに思い浮かぶはずもない。

 必死にならないまでも今のうちに友人と呼べる人のひとりでも作っておいたほうが過ごしやすいのだろうと思うけれど、とても今駆けまわている中に入ろうなんて気にはならないし、かといってひとりで座っている誰かに話しかけようなんて気も起きなかった。

 ふと、隣に座っているクラスメイトがカバンから本を取り出したのが目に入った。『赤い蝋燭と人魚』と書かれた背表紙を見ていた。どういう話なのだろうか。気になったのだから話しかければいいような気もする。

「なに?」

 視線に気が付いたのか、本を隠す様に机の上に置くとそう聞いてくる。その態度に慌ててしまう。

「いや何読んでるのか気になっちゃって」

 取り繕うけれど、声がいつもより高くなっているのに自分でもわかるくらいには慌てている。

「赤い蝋燭と人魚。人魚が人間に復讐する話。人間は醜いって表現しているの」

 少しだけにやりと笑いながらそう言われて。

「そ、そうなんだ」

 そう返すことしかできなくて視線を逸らした。メルヘンな話かと思ったけれど、予想と違う方向過ぎて困ってしまう。最近の本じゃないみたいだし、反応に困るから本の話には触れないようにしようと密かに心に決める。

 そうしている間にも、新しい部族は出来上がりつつあるらしく、新しい生活のスタートはひとりでのスタートになりそうだと、少しだけ気が重くなる。もともと友達が多い方なわけではないし、ひとりが苦手なわけでもない。それでも新しい生活に何がか変わる予感を少しだけ期待していた。それでもそれは向こうからやってきてはくれないのだといまさらながら思うのだ。

「えっ」

 クラスの誰かが驚いた表情で教室の窓から外を見ていた。そこには白い粉が降っていた。

「雪かな?」

 誰かがそう呟く。そんなまさかと思う。この時期に雪なんて聞いたことがない。それでも白い粉が空から降ってくるなて話の方が聞いたことがないと思いなおし、それならば雪なのかと納得する。確かに寒すぎる気がしていた。

「ラインパウダー」

 本を読みながらそう呟いたのが隣から聞こえてきた。ラインパウダーってあれだ。グラウンドに白い線を引くあれ。そう言われれば確かにそれなのかもしれないと思う。いやまて、なんでそれが空から降ってくるのだ。

「よっ。みんな春に降る雪はどうだった!?」

 勢いよく教室に飛び込んできたやつが大声で叫んだ。それと同時に後ろから激怒している先生の声が聞こえてくる。

 まさか、見せるためにこいつはラインパウダーを撒いてきたとでもいうのか。にわかには信じがたい事実だ。でも、教室全体がその景色に注目したのは確かで、奇麗だと思ったのも事実なのだ。

 少しだけ不思議な生活が始まる気がした。たぶん。退屈しないけれど苦労する生活だ。それも悪くない。そう思えた。

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