アコースティックギター・またぎ・古着

 部屋の奥からアコースティックギターが出てきた時には懐かしさがこみ上げてきて、目頭が熱くなるのが分かった。

 昔夜になると虫の声くらいしか聞こえなかったころ。田舎では珍しく音楽が流れていることで有名だったらしい。らしいと言うのは母の葬式の時に近所の人たちからそう聞かされたからだ。あれが楽しみだったんだけどねぇ。あんたが東京に出てから聞こえなくなって、と少しだけ不満そうだったのが頭から離れない。そうか母は自分のために弾いていてくれたのと思わないでもない。田舎はたいくつだといつだって口にしていた。いつか出て行ってやると。そう言い続けた。

 だから。てっきり嫌われていると思っていた。さっさと東京でもどこでも行け。そう言われたときに踏ん切りがついた。それも狙っての事だったのか。聞きたいことがたくさんあるけれど、聞けやしないことに少しだけイライラする。

 ギターの弦は伸びてしまっていて、音楽の知識がない身としても音がずれているのが分かる。母の姿を思い出しながらなんとなく弦を引っ張ってみる。少しだけ音が変わった気がしたけれど、奇麗な音からは程遠い。

 しばらくそうしていた。音楽になってやしないただの音の羅列を楽しんでいた。心地よくもなんともない音は近所迷惑になってやしないだろうかと心配になってくる。

 母は祖父のもとから離れたがっていた。またぎである祖父。祖母は母が小さいころ亡くなったと聞いた。男で一つで育てられた母はおんなじ様に都会に憧れて、そうして出ていったらしい。このアコースティックギターもそのころに練習したとぼやいていたのを聞いたことがある。そんな母がそれでもここに帰ってきたのは祖父が病気で動けなくなったからだ。そこには幼いころの自分も一緒だったらしい。らしいと言うからにはなんにも覚えていない。もちろん父の姿も知らない。

 同じように反発してここから出ていった息子をどう思っていたのだろう。祖父が亡くなってから東京に戻らなかったのは何故なのだろう。なぜ祖父とおんなじまたぎと言う職業を結果的に選んだのだろう。

 聞きたいことが山ほど出てきて、出てくれば出てくるほど心はかき乱される。答えなんてどこにもないからだ。

 だったらとギターを置くと、祖父の古着を引っ張り出す。よく猟に行くときに来ていた古着だ。

 同じ道をたどろうと思った。祖父と母の跡を歩いてみようと思った。

 もしかしたら母もおんなじ気持ちだったのかもしれないと少しだけ思ったけれど、その考えは頭の隅っこに捨てる。そうだったら、またぎになる理由を失ってしまう。

 自分の中の矛盾した気持ちに蓋をしながらギターを弾こうと思った。へたくそだけど、近所から喜ばれればそれでいいやと思いながら。

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