アリーナ・エスパニョール・ハッピ

 コンサート会場は熱気に包まれている。久しぶりのコンサートだ。それも当然だろうと思うけれど、悔しさが上回ってそれはすべて憎しみに変わる。熱気を感じれば感じるほどそれは大きく制御の効かないものになっていく。

 市の名前が付いたアリーナで行われているコンサートは一大イベントといってもいいほどの全国ツアーの一部で、当然チケットの入手も困難を極めた。そうやっとの思いで手に入れたチケットだ。それを握りしめていたはずの手から抜け落ちていたのに気がついたのは入場列に並び始めてからだった。

 電子は信用しないのだと粋がっていった自分を絞め殺したいくらいには後悔している。序盤の盛り上がりどころなのか外まで歓声が聞こえてきている。着ているハッピがその熱気を受けて少しだけ舞い上がった気がする。

 気合を入れて作ってきたハッピも無駄になってしまった。

 もう悔しいことだらけで頭がおかしくなりそうだ。

「オラ!」

 急に話しかけられた。オラってスペイン語だったか。外国人の人から話しかけられるなんて思わなくて困ってしまう。

「コンサート入りますか?」

 日本語だ。それに驚く。

「入れるんですか?」

 それより、論点は入れるか入れないかだ。

「オー。チケット余っってるね。一緒に入る?」

 まさかの提案に思わず飛び跳ねそうになる。いや、少しくらい飛び跳ねていたかも知れない。

 理由を聞いている時間はない。少しで早く入らなけれならない。

「いくらですか?」

 お金はいくらでも積むつもりだ。こんなことになってしまって心もとない金額しかいまは用意できないが必ず作る。その意気込みだった。

「余ってる。べつにいいよ」

 そう返してくれるその人が神様に見えた。

「ほ、ほんとに?」

 しつこいようだが信じられないのだ。しょうがない、自分でも何が起きているのか理解できていない。

「いいよ」

「よし!じゃあ行こう!」

 そう走りだそうとした腕を掴まれた。

「コンサートそっちじゃないよ。あっち」

 そう指さされたのは隣のサブイベント用の会場だ。

「えっ。コンサートって」

「エスパニョールコンサート。ほら楽しもう!」

 そう連れ去られることに抵抗もできないくらいに放心していた。気づいたときにはコンサートは終わっており、そこそこ楽しかったのだけが幸いだった。

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