五線譜・不動産屋・夜勤

 夜勤を終えて町の商店街をひとり歩いていると、普段と違う風景が広がっていて楽しくなってくる。太陽が沈んで久しく、間もなく太陽が昇ろうと言う時間だ。お店が開いているはずもなく普段は活気に溢れているお店もシャッターで閉じられている。どんな人気店でもこやって閉まっている姿はおんなじでしまいにはどれがどの店だかわからなくなってくる。そもそもこの商店街は知っている場所なのかと思えてくるほどには頭が混乱していた。

 だからだろうひとつだけ明かりが灯ったお店を見つけた時に驚きよりも先に安心が訪れる。しかしこんな時間に開いている店なんて何事かとも思いおそるおそる近づいていく。

 看板に書かれた五線譜とそれに乗っかっている鳥の姿を見つけて楽器屋さんなのかと思い中を覗き込むがそこには楽器はひとつもなくてあるのは棚に並べられたファイルの数々と机の上にパソコン。応対席らしき椅子。そしてその向こうには笑顔のおじさん。おじさんはこちらに気が付くと笑顔を向けてきて。

「いらっしゃい。どのようなご用件で」

 用件なんてないものだから焦ってしまう。楽器屋さんじゃなければここは何なのだと言うのだ。そもそもこんな朝早くから開いているなんて何事だ。

「いや。朝から開いていたもので気になってしまって」

 失礼だとは思ったけれどそう答えることしかできなくて。慌てて帰ろうとする。

「おや、せっかく出会えたのですから、用がないとは思えませんがね。少しだけ話をしていきませんか。お疲れでなければですが」

 そう食い下がってくるおじさんになんだか恐怖心が勝ってしまって。

「仕事終わりなんで。すみません」

 と逃げる様に帰路へ着いた。家に帰るとそれを思い出すこともなく疲れのあまりにすぐに眠りについてしまう。夜勤の時はいつもこうだ。そうして昼過ぎに目を覚ます。食べるものがないのに気が付くと買い物に商店街へ出かける。

 賑わいを取り戻している商店街になぜか安心感を覚えながらも朝のお店を探してしまう。五線譜を探す。しかし、なかなか見当たらなくておや?と考えてしまう。周りのお店が開いているだけでこんなにも分からなくなるものなのか。

 そうして何往復かしてしまったがついにその看板を見つけた。『神谷不動産』そう書かれている文字に見覚えはない。中をのぞくと棚に並べられたファイルや机に応対席などは一緒だが座っているおじさんは見たことがないおじさんで機嫌が悪そうに見えた。

 話しかけられる雰囲気でもなかったので下がって再び看板を見上げる。やはり文字に見覚えはない。それによく見ると五線譜はうすく消えかかっているのがわかる。鳥の絵もしかりだ。

 文字を今日書いたのか。それにしては新しい感じはしないけれど。そう思うけれども糸口が見つけられず食料を買って帰路へ着く。そうして、次第に忘れていくのだ。その日の不思議な出来事を。また、あのおじさんに会うまでは。

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