ドクター・キャンディ・ジャパニーズ
ドクターと呼ばれるようになってからもう数十年経った。ただ医者ではない。医者のような白衣を着たこともないし、決して頭がいいわけでもない。ただ単に眼鏡をかけていてそれっぽい顔をしているだけだった様に思う。
しかし不思議なものでそう呼ばれれば呼ばれるほど、自分でもそうなのかと思ってしまうことがしばしばあった。学生時代の呼び名とは言えばそれまでだし、会社でその呼び名が定着するわけもなく知られることすらないので呼ばれるのはいつだって旧友と一緒の時だけと言うことになる。
それなのに。
「ドクター」
突然そう呼ばれて振り返った時には自分でもなぜ振り返った理由がよく分からないままだった。振り返るとそこには見知らぬ金髪の明らかに外国人の女の人が立っていた。歳は20そこらに見えるけれど、自身を持ってそうだとは言えない。
「ジャパニーズドクター?」
きょろきょろと辺りを見渡すがそれっぽい人は見当たらなく、状況が自分の事を指しているのだと言うことを証明している。
「ユーだよ。ユー」
その人はこちらをしっかりと見ていて、思わず自分で自分を指さして確認してしまう。
「イエス」
そう元気よく答える姿に気圧される。なぜってドクターじゃないから。
「違うよ。ドクターじゃない」
だいたい何でドクターだと思ったのか。という文句みたいなセリフは口には出さない。
「ソーリー。間違えました。これはあなたでしょ?」
そう言って見せられたスマホの画面に映っていたのは確かにドクターと呼ばれていたころの自分だ。なぜ彼女がこの写真をと疑問を口にする前に彼女はしゃべり始める。
「私を助けてくれたジャパニーズドクター。あなたを頼れと教えられた。ワタシジャパンで行く当てがなく、困ってた所だった」
そう言ってジャパニーズドクターの写真をスワイプして表示させたところに移っていたのは中学、高校ともに遊びつくした旧友のひとりだった。大学に行ってから忙しすぎて音信普通だったのだが、まさか本当に医者になっていたとは。こいつはどうしたんだと聞いたところで彼女の顔が曇る。
「ジャパニーズドクターはなくなりました」
それが亡くなったと言っているのだと理解するまで時間がかかった。聞けば過労が原因の急性脳溢血だったらしく、一人暮らしも祟って気が付いた時には時が遅かったらしい。
「レターもらいました。ドクターを頼れと。そう書いてあった」
なんで自分の所に来たのかわからない。やつは一体何を思って彼女をここによこしたのか。自分ならなんとかしてくれると思っての事なのか。
「これ、渡せばわかると言ってました」
彼女はそういってキャンディーを差し出してきた。ふいに記憶が呼び起こされていく。
『これ食べてさ。元気出せよ』
これは誰の言葉だ。いや、自分の言葉だ。やつにキャンディーを差し出していた中学生の自分だ。やつは元気がなかった。よく泣いているやつだった。
『なんだよ。ほんとにドクターみたいなこともするんだな』
やつはそう言って笑った。なにがドクターなのか分からなかったが、やつは何かを感じ取ったのだと思っていた。
「あなたに救われたと言っていました。だからきっと今も困っている人は助けるのだと。それがドクターである所以だと」
そんなことを思っていたなんて知らなかった。ほんの些細なちょっと魔のさしただけのやさしさだ。感謝されているなんて思わなかった。だけど。
「話聞かせてもらえるか」
彼女の事もやつのことももっと知りたいと思った。先の事は何も分からないけれど。それだけは確かな気持ちだった。
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