人魚・江の島・電脳世界

 江の島へ向かう一本道路は時期や時間帯の影響もあってか、人どころか車やバイクの姿がまったく見えない。珍しい景色にちょっとだけ感動しながら江の島へと徒歩で向かう。電車でここまで来たのだが、思ったより時間に余裕が出来てしまったので、ぶらぶらとしていたら、江の島を見つけたのでついでだから、寄っていくことにしたのだ。

 思ったよりも遠いことに少しだけ肩を落としながら歩く速度はどうしたって遅くなる。辺りを見渡すと海が広がりその先に陸が見える。奥まった相模湾にあるこの場所では見渡す限りの大海原なんて景色は見ることが出来ない。いや、島の向こう側まで行けば見られるのか。果たしてそんな時間と元気があれば行ってみてもいいのかもしれない。

 そんなことを考えながら歩いていたら、江の島に上陸していた。すぐそばにある駐車場に車がほとんどないことからも今の時期は閑散期なのが分かる。近くの商店も開いておらず、人の気配もない。こんな状況なら散歩ついでにくるのも損だった気がしてくる。

 このまま参道を登ろうかとも思っていたがそれすらもためらってしまう。美味しいもののひとつでも食べることが出来たのならば少しは違ったのかもしれないが。どうやらそうもいかないようだ。どこも営業をしていない。

 突然、イベントの開始を知らせるアラートが目の端に入ってくる。

「シークレットミッション開始。ミッション名『人魚を探せ!』が開始されました」

 そう文字が流れるのを目で追う。まさかこんなところでそんなイベントに出くわせるとは思っていなかったので、道草も悪くないなと思いながら、詳細をスクロールする。そこで、タイムアップだった。

 ヘッドセットを外すと、解放された顔面に空気が触れるのが心地よい。日の光が届かないこの場所において江の島の夕日は心地よかった。また明日ログインできるのだと思うと心が躍る。

 人類が地下に引きこもって300年余り。あらゆる資料を探し当てて作られた電脳世界は300年前の世界を忠実に再現した娯楽の世界だ。そこにはあらゆる現象が詰め込まれており、生きる活力を与えてくれるただひとつの存在となっていた。

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