ちゃんこ鍋・台風・魔法瓶

 雨が降っている。それも尋常じゃない量の雨だ。天気予報でやっていた台風の接近に伴う雨だろう。風はまださほど強くなく、雨だけだが。これがいつ風が強くなるかもよくわからない。予報でなんて言っていたっけと思い出そうとするけれど、ちゃんと聞いていなかったのか思い出せない。電車の運休が明日は決まっていたし、明日だったか?と首をかしげる。

 ひとりで何をしているのかと、辺りを見渡すが誰もおらず、ほっと胸をなでおろす。

 電車の計画運休と言う言葉はいつから生まれたのだろう。一昔前は台風が来るからと言って電車があらかじめ動かない事なんてなかったように思える。よく考えればそれが異常なことにも思えるし、なんで動かないんだよと疑問にも思わないでもない。上陸しなくては結局強さも影響力も分からなかった昔と違って今は、その規模をあらかじめ予測できるからなのかもしれないと自分を納得させる。そもそも電車に縁のない生活をしているのだ。何ら問題ないはずなのに気になってしまうのはなぜなのか。みんなが騒いでいるからなのか。

 しかし、傘を置いてきたのは失敗だった。まだ降らないと思っていた油断が招いた結果だ。荷物になるからと、面倒臭いと思ってしまったのがいけない。そんなことだから、いつも怒られたのだと後悔する。しても遅いのだけれど。してしまう。

 まめな性格ではない。だからこそ稽古のときもそのつもりはなくても少しづつ手を抜いていたのかもしれない。怒られているときは自覚がなくてなんのことかわからなかったけれど、今なら少しわかる気がする。ほんのあとちょっとが足りなかったのだ。そのちょっとが足りなかったばっかりに、今こうしてひとり歩いている。

 相撲部屋にいたのはほんのちょっとの時間だった。いた時は永遠にも思えるくらいに長かったのになと思う。

 結果が出なかった。ただそれだけだ。まあケガも多かったのもある。それも全部自分が招いたのだと今は思える。

 周りのせいにして部屋を飛び出すように辞めた。最後に女将から渡された魔法瓶は今でも使っている。なんなら今日も持ち歩いている。

 雨宿りがてら、公園の東屋に逃げ込んだ。止むことはないはずなのでほんの気休めだ。魔法瓶の中身を飲むことに意味がある。

 魔法瓶から蓋に注いだのはちゃんこ鍋だ。湯気が立ち上る。口に一気に流し込む。熱いが気にしないでひとしきり噛み締めたあと、飲み込む。雨で冷えたからだを少し温めてくれる。あの時もそうだ。

 女将から渡された魔法瓶の中にはちゃんこ鍋が入っていた。誰が当番だったか気にしなかったことを少し後悔した。それくらいその日のちゃんこ鍋は美味しく感じた。

 それからその味をつい再現してはこうやって持ち歩いてしまう。あの部屋にいた証明だと言わんばかりに。

 少しだけ雨足が弱くなる。これが好機と東屋を飛び出した。雨が上がりきることはしばらくないだろう。だからと言って留まることはできないのだ。

 ちゃんと進んでいることを女将に伝えたいなと、そう思ったんだ。

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