マシュマロ・薬・くすぐり 再

 そこにいたのはマシュマロの化け物だった。いや、かろうじて人の形を保ってはいる。手足もあるし胴体も頭だってちゃんとある。しかし、そのどの部位もマシュマロで出来ている。ふわふわしていて、甘い匂いも漂ってくる。さっきまでそこにいたのは確かにちゃんとした人間だったのに。

 なぜこんな事になってしまったのか必死に考える。

 臨床試験のバイトで呼ばれたのは病院の一室だった。最初にアンケートに答えた。くすぐりには弱いですか?との質問に素直にはい。にまるをつけた。脇の下と足の裏だけは駄目だ。どんなに我慢しようと思っても我慢できない。他にも体調についての質問が並んでいたが、その質問だけが妙に印象に残った。

 次に案内されたのは大きめの病室だ。自分の他にも数人の人たちがいてみんな言われたとおり患者衣に着替えていた。バイトの内容自体は簡単だ。指示された薬を服用して数時間の経過を見るだけ。それだけのはずだった。

 しかし、薬を服用した最初の人がいきなり苦しみだした。皆の手が一斉に止まる。当然だ。薬が原因なのは明瞭なのだから。

 どうすることもできずに見守っていると変化が訪れた。身体が肥大し柔らかいものへと変化していく。色も白いものへと変わりそれはマシュマロの化け物へとなった。

 当然のようにパニックになった何人かが入ってきたドアを開けようとしたが鍵がかかっているのか開かない。むりやりこじ開けようと試みるがそれも叶わない。向こう側になにか重たいものが置かれているように思えた。

 その間のマシュマロの化け物は何をする訳でもなく、じっとしている。てっきり誰か襲われるのかと思ったりもしたのだがそんなことはなかったようだ。

 病室のスピーカーにノイズが入る。スピーカーのスイッチが入ったのだ。

『あー。あー。君たちがそこから出るにはその薬を飲むしかありません。大丈夫です。しばらくすればもとに戻ります。安心して飲んでください」

 そう追われて飲む人は皆無だった。当然だろうあんな変化を見せられてもとに戻るなんて言われてもいっときだってあんな化け物になりたいだなんて思う人はいない。

『飲みたくありませんか。しかし、飲まないと出ることはできませんし。報酬も渡せません。なに、すこし記憶が飛ぶだけです。起きたらあの姿になっていたことも全部忘れます。大丈夫。安心して飲んでください』

 そう言われてひとりが意を決したのか薬を飲み込んだ。あの言葉を信じたというのか。

 同じように苦しみだすと同じようにマシュマロの化け物へと変化する。それを見て数人が同じことをする。

 信じたくなくて頭を抱える。みんなで協力すればなんとかなるのかもしれないのになんでそんなにすぐに諦めてしまうのか。

 またいくつかのマシュマロの化け物が生まれる。部屋が次第に狭くなっていく。肥大した化け物のせいだ。

 気がつけば飲んでいない最後のひとりになっていた。部屋は甘ったるい匂いで満ちている。段々と意識が朦朧としてきた。

 これって何かの催眠ガスを吸わされてる?

 段々と思考も不安定になる。気がつけば手に持っていた薬を口に運んでいた。


 病院から出るとき。手には札束が握られていた。最初の約束より少し多いのは結果が思ったよりも良好だったかららしい。

 不思議なことに病室に入ってからのことは覚えていない。気がついたらベットで寝ていて、起きたらもう大丈夫ですよ。と言われて札束を貰っただけだ。

 結局なんの臨床試験だったのかも分からない。少しだけ身体がふわふわするようになった気がする。あとは足の裏をくすぐられても耐えられるようになった。なぜだかは分からない。脇の下は相変わらずだめだ。もう一度チャンスがあるなら今度は脇の下が耐えられる様になるのかなとなんとなく思った。

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