古の魔法・アイドル・ブレーキ

 観客たちは大いに盛り上がっており、その歓声は野外ステージを飛び越え、町中に響き渡るのではないかと思えるほど大きな波へと変わっていた。ステージはクライマックスだ。全て計画通り。序盤からの感情の高まりは最高潮を迎える。これでこそライブの醍醐味と言うものだ。その場にいる全員のマインドセットは万全。全員が楽しもうとしている。そして楽しんでいる。それが最大級の力を生み出す。その瞬間は近づいていた。


 時は少しさかのぼる。失われた技術がある。ハロウィンでもないのに古めかしい黒いローブに包まれた男(?)の人にそう唐突に告げられた時はあまりのばかばかしさに、言葉を失ってしまった。そのために君の力が必要なんだと言われて、ああ。これは新手の口説き文句なのだと勝手に納得した。これから話をするためにどこかへ誘われるのだ。そして付いていった先で監禁なんかされたりして、とても言葉にできないようなことをされてしまうのだ。そこまで考えて身震いと同時に軽蔑の念が沸いてくる。いくら、私がアイドルで人気絶頂で、みんなに振りまいている笑顔で勘違いさせてしまったからと言ってそんなことを許すわけがない。無視するようにその人の横を通り過ぎる。

「いや、ちょっと話を聞いてくれないとこまるんだけども!」

 その人は焦ったように追いかけてくるけれど、追い付かれるわけにはいかない。必死に走り続ける。ヒールやサンダルでなくスニーカーを履いておいて良かったとか、考えながら人ごみを避けながら必死に走った。

 息苦しくてたまらず、肩で息をしてしまう。気が付くと路地裏に入っていた。しかし、巻けた様でなによりだ。しかし疲れた。汗も出てきた。なんて日だ。

「今度のライブの最後に一言叫んでくれればいいだけなんだ」

 ギョッとして振り返るとそこに先ほどのローブの人がいた。なんでだ。全力で逃げたのに息切れすらしていないように見える。

「いや、魔法使ったしこれくらいは……」

 魔法ってなに!?それより考えていることを読まれた!?

「魔法使いだからね。それくらいは出来るよ」

 魔法使いってそんな中二病みたいな設定だれが受け入れてくれるのだろうか。周りに友達いないのかな、と思わないでもない。

「友達くらいいるし、それより普通に会話しない!?心読むの疲れるんだけど」

 そうなのか。魔法と言うからなにか代償があるのか。精神力とかそれっぽいやつ。

「それでその魔法使いさんが私になんの用なの?」

「この地球に破滅の時が訪れようとしている。それを止められるのはあなただけなのです」

 はぁ。なんだか大ごと過ぎてついていけない。というかやっぱりだませれているのでは。このまま監禁されて……。あわわ、逃げなきゃ。

「いや、本当の事なんで真面目に聞いて!」

 心読むの疲れると言いながらしっかり読んでいる辺り信用ならない。しかし、そんなに怒らなくてもいいのになと思う。

 真剣な眼差しに負けて少しだけ話を聞いてあげることにした。ただし、人が多い場所での話だ。監禁されたらたまったもんじゃない。

「それで、なにをすればいいの」

 移動した先のカフェでローブのフードを脱いだ彼は予想以上に幼かった。中学生かもしかしたら小学生かもしれない。カフェオレを頼んでいた。

「今度、行われるライブで最後に叫ぶだけでいいんだ。ただし、ライブが最高潮に盛り上がった時にお願いしたい」

 はあ。よくわからない。それが世界の破滅とそれを防ぐのにつながるかわからない。

「負のエネルギーが世界に充満している。それを正のエネルギーで宇宙に放出しなくてはならない。しかし、ちまちまやっていてもきりがない。そこで、あなたのライブに目を付けた。大勢の人が集まって、熱狂するそれはとてつもないエネルギーを生む。それを利用したい。魔法をあなたに使ってほしいんだ。それですべてが解決する」

 はぁ。そういわれてもピンとこない。負のエネルギー正のエネルギーってなんだ。魔法って私も使えるのか。と疑問は尽きない。

「ただ、叫ぶだけでいい。それだけでこの魔法は使える」

「まあ、叫ぶだけでいいなら。で、なんて叫べばいいの?」

「それは……」

 時は少し進んでライブのクライマックスだ。魔法使いはあの後、スッと消えてしまった。会計は気が付けば済んでいて、おごってもらっちゃりもした。まあ、世界を救うのだから当然なのかもしれないけれど。

 もうすぐラストの曲。その曲が始まると同時に叫ばなくては。この熱を消してはいけない。ブレーキなんてぶっ壊してアクセル全開でいく。世界を救うとかそんなの関係ない。ただ、この空間が大好きなのだ。だって、さっきまで魔法使いの事なんて忘れていた。だから、急に頭の中で話しかけられて少し気分が悪くなったりもしている。邪魔しないでほしい。まあ、世界が滅ぶよりマシだけど。

 曲のイントロが流れ始める。なんの曲か分かった観客が一斉に沸き始める。

 ぞくぞくする。この瞬間はたまらない。一生味わっていたい気分だ。ここで叫ぶのは少しだけ興覚めなのかとも不安になったときもあったけど、今は思いっきり叫びたい気分だった。


 彼女の叫びと同時にエネルギーが世界から放出されていくのが見えた。正直想像以上だ。これほどのエネルギーを集められるとは思わなかった。アイドルと言う存在の力強さをこれほどまで見せつけられた。しかし、古の魔法と言うものはああやって人を惹きつける力の事を言うのかとライブ会場の外から魔法使いは少しだけ羨ましそうに見つめるのだった。

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