高圧洗浄機・アイマッサージャー・じょうろ
目の前に広がる光景をいっそのことなかったとこにできればどれだけ心から救われるのだろう。しかし、その願望は同時にそれがなされないことも意味している。願望ゆえに達成できる未来が想像できないのだから。
「なぁ。だれがこの部屋片付けるんだよ」
そう問いかけた主は顔を特にあげるでもなくベットに横になったままピクリとも動かない。まるで自分は関係ないと言わんばかりだ。
「おいってば。今日大事な日だろう」
んー。
今度は返事が返ってきた。でもそれは生返事。まだ危機感が足りない。
ヴィヴィヴィ。プシュー。ヴィヴィ。
それに加えて妙な機械音まで聞こえてきた。まさか……。
「またアイマッサージャー付けてるのか?」
んー。
先ほどと同じ返し。目をマッサージしてくれるゴーグル型のそれがどうやらお気に入りらしく気がつけば妙な音を立てながら気持ちよさそうにしているのを見かける。
「おいってば。今日は両親が迎えに来るんだろう?」
ぴくっと体を震わせるとプシュー。と加圧していたマッサージャーが空気を抜く音がする。おっ?すこしは効いたか。
「迎えなんていらない。私はここにいる」
効いたけれど逆効果だった様で、かたくなに動こうとしない。しかし、危機感はかあるようだ。刻一刻と迫る再開のタイミングに徐々にこわばっているのがもしれない。もしかしたら、緊張をほぐそうとマッサージャーを付けているのか。
「そうはいってもな。君の両親は君を引き取りたいと言っているんだ。せっかく再会できたんだし一緒に暮らせばいいだろう」
声が届いているだろうに、反応はなく、マッサージャーも止まったまま。沈黙だけが流れる。
「会いたくない。知らない人。私はここにいる」
しばらくの沈黙の後。もはや文章でもなく単語だけが返ってくる。小さいころに捨てられた身からすれば今さら出てきた両親にあってどんな顔をしていいのかわからないのもわかる。しかし、このままここにいることができないのもわかっているはずだ。
「とりあえず。荷物は段ボールに入れ始めるからな。いやだったら自分でやるんだぞ」
そう言って許可をもらってから辺りに散らばっている雑貨や小物を用意していた段ボールへと詰めていく。懐かしさもあるものが多い。誕生日やお祝い事のたびにプレゼントを皆でしていたが全部とってあるらしい。整理はされていないのだが。
「このじょうろ気に入ってたもんな」
ん。
短い肯定の返事。止めないし、こちらに注意も向けている。自分でやる気にはならないらしいが他人がやってくれるのであれば見届ける覚悟らしい。生意気な。
「庭に水まいてきてくれないか。これで最後かもしれないし」
言ったそばからしまったと自らを戒めるが、時は戻らない。
ん。
同じような返事が返ってくるがすこし悲しそうに聞こえるのは都合のよい解釈だろうか。
のそっとベッドから立ち上がるとじょうろを手に取りテトテトと廊下にひとり出て行った。庭に向かったのだろう。
ゆっくりでいい。心の整理ができていないのもわかる。徐々にここから離れる準備ができれば。それで。
それにしても、よくもまあ、これだけの物を集めたのだと感心してしまうくらい物が残っている。ひとつひとつ丁寧に段ボールへ入れていくが終わる気がしない。やはり自分でやってくれないだろうか。他人が詰めた荷物を解くのも楽ではないしなぁ。などとぼんやり考えながら作業に没頭しているとジョウロ片手に戻ってきたらしく部屋の入口に立っていた。
「おっ、ありがとう。庭のやつらは元気だったか」
ん。
すこしばかり機嫌は良くなったみたいだ。近くに来て段ボールに荷物を詰め出した。
さすがにふたりでやると作業は捗った。それからもしばしば機嫌を損ねてはベッドに寝っ転がるとアイマッサージャーを起動させては、ヴィヴィヴィ、プシュー。と奇妙な音を立てはリラックスモードに入っていた。
そして。
「ふぅ。なんとか片付いたな。これで両親も入れられる。ん?どうした?」
部屋の隅っこで壁をじっと見つめていた。
これ。
短くそう言うと、壁を指さした。それは毎年の伸長を記した線。油性のマジックでかかれたそれは消えかかっている部分もあるがしっかりと日付入りで残っている。
「おっ。残ってたか。懐かしいな。どれ今のも測ってやる。そこに立ってみろ」
ん。
言われたままにそこに立つ。前回より10cmは高くなっている。ちょうど1年前か。成長の早さに感慨深くなる。
「これ。消して」
珍しくはっきりと声が聞こえた。
「消しちゃっていいのか?残しておいてもいいんだぞ?」
「次の子の邪魔になるかも知れないから」
そうか。ちゃんと覚悟が決まったんだ。この部屋とさよならをして、生きていく覚悟が。
「わかった」
倉庫にあった高圧洗浄機を取ってくると、とても驚いたような顔をしていた。
「これで消してみろ。自分の手でな」
ん。
いつものように軽く返事をすると勢いよく出る水に圧倒されなれながら自らの歴史を綺麗に掃除していった。その表情はすこしだけ大人になったみたいだった。
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