筆・炭火焼き・ユニコーン

 極上の毛を求めて、ひたすらに未開の地を歩き続けている。人が踏み入れたことのないであろうその領域は草木が茂り歩くことすらままならない。けもの道であろう痕跡を辿ってはいるものの、ナタを使って切り開きながら進まなくてはならないほどにそこは険しい道のりだ。なぜこのような所をひた進むのかと問われたら、それは王の勅命だとしか答えられない。ことは単純で、それが故に厄介なのだ。断ろうものなら首が宙を舞うことになる、目的を達成できなくてもなんらかの罰を受けることになるだろう。流石に殺されるとは思いたくない。なぜならこの勅命が達成できる見込みは果てしなく小さい。

 王が求めているのは極上の毛、王子が産まれたその名前を書く筆は極上の毛を使ったものでなくては王子は不幸に襲われ、この国は滅ぶだろう。そう言った占い師がいたのだ。王は必死になって極上の毛がなんなのかを部下に調べさせた。部下たちが不眠不休で調べ上げた結果、それはユニコーンの毛だと言うことを結論づけた。しかし、ユニコーンなんて生物を見たものは国には誰もいなかった。あるのは文献にある記述だけ。生息地や姿も良くは分からない。

 それは世にも美しい白馬で、その額には角が生えている。見るものを魅了し、その背中に乗るものは純真な心の持ち主でなければ許されない。

 そうとだけ書かれていたのだ。そんな美しい白馬の毛は極上の毛に間違いはなく、王がその毛を求めたのは仕方のないことなのかもしれないが、それを手に入れてこいとだけ命令された臣下たちはたまったものではない。反抗などすれば殺されかねない勢いの王に進言できるものなどいるはずもなく、誰も見たことがないのであれば、誰も行ったことがない場所を捜索することになったのた。

 つまりはそう言う理由で未開の地を必死になって進み続けている訳だ。正直、その存在を疑っている。いないたろうし、いたとしてもこんなに生い茂った薄暗い場所ではないだろうと思わずにはいられない。

 捜索隊はひとつ10人程で構成されており、食材や水分を運ぶもの、野営の道具を運ぶもの、交代しながら進む道を切り開くものに分かれる。進みは非常に遅く、道のりは困難を極めた。それでも引き返すわけにはいかなかった。帰れるのはユニコーンを見つけて極上の毛を手に入れてからだ。

 その日も結局ユニコーンの姿は見ることは出来なかった。みなで夜を超す準備に取り掛かる。食材はその辺りで狩りをして用意する。今回は野兎だ。薪に火をつけて、丸焼きにしていく。本当は炭火でじっくりと焼いたほうが美味しさも増すのだが、こんな未開の地で、そんなことをしている余裕はない。持ってきた調味料を少しまぶして、腹を満たすどたけが目的の料理とも言えないものだ。帰れたら美味しい物を食べるのだとみな口々に願いを話し合った。

 次の日、いつもの様に進んでいくと大きな湖が現れた。とても透き通っているその湖面は太陽の光を反射して眩しいくらいに光っていた。そして、その対岸に彼はいた。

 純白の白馬だ。引き締まった肉体はどこまでも駆けていけそうなほどの力を感じる。額には大きな角が悠然と空に向かって生えていた。

 隊の全員がその姿に見惚れてしまっていた。勅命など忘れその美しい姿を永遠に眺めていたいとすら思った。しかし、彼はこちらに気がつくと静かにどこかへ消えてしまった。

 とても追いかける気になどなれなかった。このまま帰っても、王の逆鱗に触れるだけならいっそここで暮らしてしまおうか。そう誰もが思ったそうだ。

 それからそこは一角獣の湖と呼ばれ、長きに渡りユニコーンと共に生活する部族がいたそうだ。

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