白雪姫・電波塔・魚眼レンズ

 魚眼レンズから見る世界が好きだ。まるで閉じ込められた世界みたいでいつでも持ち歩いていた。デジタル一眼レフカメラをもらったのは昨年の事だ。使わなくなったお古を上げるよと年の離れたいとこに言われたときにはうれしくて飛び跳ねたものだ。もともと、写真を撮る事が好きなのは間違いないスマホで撮るときもすぐに構図とかを考えてしまう。なんなら、こだわり過ぎて撮るまでの時間が長く友人にせかられたりするくらいだ。

 だからいろいろな演出ができる一眼レフは欲しかったけれど高額すぎるそれはおこづかいで買える金額には程遠く、またほかのものを我慢してまで欲しいわけでもなかったので、ずっと指を咥えて見ているだけだった。それが、幸運にも手元にあることは感謝しなくてはならない。

 一眼レフで写真を撮り始めてから世界が変わった。ピントに露出、手振れなど気にすることも増えたけれど、写真の幅が広がったのが単純に楽しかった。その中でも魚眼レンズを使った、写真がお気に入りになった。気が付くといろいろな被写体を魚眼レンズで世界に閉じ込めていった。その中でも特に高い塔を取る頻度が多くなっていった。東京スカイツリーを撮った時のことだ。あの高い塔がその小さな写真に閉じ込められている姿に心が震えた。それからと言うもの何かにとりつかれたように塔を写真に閉じ込め続けた。いつしか、本当にその空間を切り取っている気分に襲われてくる。そしてうずくのだ。もっと。もっと。と。

 しばらくすると寝ていてもそんな夢ばかり見るようになっていた。様々な場所に行っては魚眼レンズで写真を撮るのだ。そして夢ではそれが実際に切り取られる。それは写真の中にしか存在しなくなり世界に虚無が生まれる。その虚無をたくさん作りながら、世界は自分の手の中で大きくなっていく。それが、やめられない。まあ、しょせん夢だ。現実でかなえられないことをかなえてくれている、これで満足だった。

 しかしある時、小人たちが現れた。現実でではない。夢の世界でだ。

『これ以上、この世界を切り取るのはやめておくれ』

『ぼくたちの住む世界がなくなってしまう』

『なんでこんなひどいことをするんだ』

 小人たちは口々にそんなことを言い出した。これは夢でしょう?私の頭の中の話。何をしたって問題ないはずよ。

 そう告げるが小人たちはどんどんどんどんヒートアップしていく。

『夢の中だって世界は世界だ』

『間違いなく僕たちの世界だ』

『だからどうかこれ以上切り取らないで』

『お願いを聞いてくれないなら……』

 そこで目が覚めた。小人は当然ながらいない。少しだけ安心してから、あの小人たちに恐怖を抱いていたことに気付く。あれは夢じゃないか。そう言い聞かせていつものように朝のルーティンをこなしていく。

 ふと、おいしそうなリンゴがテーブルの上に置いてあるのに気が付いた。食べてしまおうか。きっと家族が買ってきて置いてあるものだ。習慣として誰かに消費してもらいたいときにはこうやってテーブルの上に無造作に置いてある。なので食べても問題はない。

 皮を剥き終わったリンゴは蜜があって美味しそうな印象がより強まる。一切れをフォークで刺すと楽しみに口に運ぶ、口に広がるジューシーな汁を味わい、しゃきっと言う歯ごたえを楽しむ。

 からん。

 フォークが皿に落ちた。意識が朦朧としてくる。りんごと夢に出てきた小人が重なる。りんごと小人。ああ、これは報いなのか。そう意識が途切れる最後の一瞬でそう思った。

 彼女はそれから眠り続ける。世界に切り取られたかのように。目覚めさせることができる王子が現れる日が来るのだろうか。それは、また違うお話……かもしれない。

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