一騎当千・お香・電波
その戦場では有利に事が進むはずだった。見通しの良い平原には大軍を配置していた。訓練された動きはまるでひとつの生物の様に見え、戸惑うことなく敵軍を
気の乗らない作戦だったのは認める。しがない地方の村をひとつ焼くのだ、たとえ仕方のないことだと分かっていても気乗りなどするはずもない。しかし、我々はひとりの人間である前に兵士だった。作戦は遂行しなければならなかった。
しかしその結果がこれだ。1000機いた味方はすでに半分を切っている。かろうじて司令官機は落とされておらず統率を取り続けているのだけが救いだろうか。
『時雨隊はそのまま前進!五月雨隊は後方支援に回れ!奴の動きが速すぎる!常に連携を取りながら奴を見失うな!』
指揮機からの命令が飛ぶ。われらが部隊もすでの三割が壊滅状態だ。それがほぼ相手の一機によって破壊されていたのだから、指揮するほうもそこしか見えなくなる。言われなくてもその機体しか各機見ていない気がする動きだ。撃破されるわけにはいかないと必死に抵抗し続けている。それでも止まらないその機体はまさに一騎当千の活躍と言えた。
そしてそれは我々の軍が半壊するまで続いた。
辺りを見渡すが無事な機体などほとんどいない。逃げ続けているがいつ、被弾するかもわからない状況が続いている。もはや、指揮系統は意味をなさず、怒号と悲鳴だけが響き続ける。いくつもの機体から煙が上がる。その光景はまるでお香を焚いている様にすら見える。油臭いお香なんて、癒されもしないし頭が痛くなるだけだろうが。位牌の前に焚かれた線香だとは思いたくない。味方がこれ以上撃破されたに為にも奴を止めなくてはならない。
操縦桿を握る手に緊張が走る。標準を合わせようとするが、一向に定まらず、奴はその間にも次々と撃墜数を稼いでいる。
『貴様はエースなのか』
突然、公開電波に乗って音声がコックピットの中に流れた。機体番号から奴だと分かる。
答える筋合いなどない。奴を落とさなくてはエースなど侮蔑の込められた呼称に過ぎない。1000機率いた部隊をたった一機に敗北した時のエースなど。エースではない。ただの一兵士だ。
ふとそう考えて気が楽になるのを感じた。もしかしたら、この重圧から解放されるのか。もう、人を殺さなくてもいいのか。そう考えてしまった。途端に操縦桿を握る手に力が入らなくなる。
『どうやら違うようだな、死んでもらおう』
鈍くなった動きからそう判断したのか奴からの音声は冷酷なメッセージだった。
死ぬ。死ぬ?
そんなわけにはいかない。そんな思いが沸きあがる。それに、まだ守らなくてはならない人たちがここにいる。
必死に力の抜けた手に力を込める。神経を集中させ相手の動きをひたすらに追い続ける。そうやって、何時間も戦い続けた。
『作戦は失敗だ。撤退するぞ』
司令官からの連絡が入ったころにはとてもじゃないが動くことはできなかった。負けた。それだけが事実だ。でも生きている。それも事実だった。
たった一機に敗北したエース。それが、自分の運命だ。受け入れるしかない。死ぬよりは多少はマシだと、そう思った。
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