青藍・不死身・ポニーテール

 高いビルから人影が飛び降りるのが見えた。突然の出来事に体が固まる。距離もあるので、見間違いかもしれない。いやそんなはずはない、確かに見た。そして、その影はふわりと着地したのだ。確かに。確実に。ぶれることなく。それがまるで当然の事象かの様に。

 誰かに見られているとは知らずに一ノ瀬和美いちのせかずみは地面へと着地する。ふわりと、ポニーテールがなびく。となりのおじさんがその気配に気が付いてこちらを振りむいたのでにこりと返しておく。女子高生が降ってきたなんて想像もできないおじさんはどぎまぎとしながら、よそを向いてしまった。

 人より身長が高く、すらっと伸びた手足は人目をく。それを自覚しないわけではないが、誇らしげに思ったこともない。一ノ瀬和美はそういう人間だ。ふと、追いかけていたはずの相手が逃げていることに気付く。逃がすわけにはいかない。人ごみを避けて走り出したその姿に幾人かの人が立ち止まり見とれる。セーラー服姿で全力疾走するその姿は異常に見えたのだろう。しかし当人は気にする様子もなく目的へとただ、進む。

 誘いこまれている予感はあった。そこは人気のない球技場だ。人目を気にしているのならば、好都合だ。存分にやれる。

「はっ。のこのこと付いてくるなんて自分の立場がわかっているのか」

 そのは自ら姿を現した。黒いマントにタキシード姿の彼はこの時代には似つかわしくない。それも当然で彼はの登場人物なのだから。

「せっかく自由に血をすすることが出来る様になったというのに、なぜ貴様のような小娘に邪魔されなくてはならないのだ」

 彼はその様に主張するがそれが許される世界ではないのだ。

「しかし、わざわざこんなところまで来てくれるとは助かる。そのひ弱な体から血を抜きってやる」

 彼は思むろに一ノ瀬に襲い掛かる。その力の差は大きく捕まったらお仕舞だ。必死に逃げ回る。しかしその姿にも余裕が感じられ、彼は焦り始める。

 一ノ瀬和美は一冊の本を取り出す。青藍色の背表紙に雲の絵が空に浮かんでいるハードカバー。それが光の粒に変わっていく。次第にその光の粒は日本刀の形に変化していく。そのまま、それをふるう。

 ドサッ。

 彼の腕が地面に落ちた。彼はそれをなんてことない顔をして拾う。

「おや。強い。だけどこちらには届かない」

 切断面をくっつけてしばらくして離す。それはくっ付いていた。

「不死身か。吸血鬼で間違いないようだ」

 一ノ瀬和美はそれを見てため息を吐く。

「ならば話は早い」

 一ノ瀬和美は駆ける。吸血鬼はそれに反応すらできない。

「心臓を突けば終わりだろう?」

 日本刀は吸血鬼の胸を貫いていた。

 吸血鬼の体が光の粒へと変わっていく。

「なっ。人間ごときが……」

 驚いた表情のまま。

「ああ。人間ごときにやられたんだ。おとなしく物語の世界へ帰りな。もう戻ってくるんじゃない」

 光の粒になった。それもやがて消えた。

「ふう。任務完了だ」

 一ノ瀬和美はひとり呟いた。

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