道玄坂・社会問題・オカピ

 渋谷駅の待ち合わせスポットであるハチ公前から目黒方面に向かうと坂が表れる。都会のど真ん中にあるその坂は意外と急勾配であり、体力を持っていかれる。どこかで読んだ文献にそう書かれていた。都会とはなんなのか、これで急勾配とは?そう思ってしまう。

 人の気配はなく、辺りは静まり返っている。久しぶりの太陽の光に思わず目を細めてしまう。しかし、地上は暑いな。そう思ってしまう。まあ、暑いからこそ今があるのだけれど。慣れてしまった生活から遠ざかるのは身体的にも精神的にも知らず内に負荷がかかっているのかもしれない。つい弱気になってしまう。

 道玄坂そう書いてる立て看板を見つけた。草木に覆われてすべての文字が見えるわけではないが、隙間から読める程度にはまだ、その字を見せてくれている。

 がさっと草が揺れる音がして、緊張が走る。この辺りに何が生息しているかは大体把握しているとの話だが、本当かどうか怪しいのも確かだ。

 草食動物だろうか、細い脚は素早く駆けるのに適していそうだ。その足にはシマシマ模様が奇麗に入っていて、これがシマシマなのかと思わないでもないが、その体にシマシマはなく、それがオカピであることを証明していた。シマウマとは違いキリンの仲間らしいが、キリン自体も見たことがないので比べられるはずもなかった。

 そのオカピがこちらをじっと見つめたまま視線を外そうとはしない。突然見たこともない生物がいるのだから当然かもしれないが、こちらは攻撃する手段も持たないひ弱な人間だ。どうしようもないのだから、ほっといてほしいものだ。オカピが攻撃を仕掛けてくるなんてこともないだろうと思い、視線を外し探索に戻る。

 東京都渋谷駅周辺の探索はこれで2日目だ。

 人間は地上を追いやられた。それが幾年前の事なのか。正しい文献が残ってない以上正確なことはなんにもわからない。

 きっかけがなんだったのかも今となっては不明だ。だた、言えるのは地下に建設されていた施設を頼りに人間は地下での生活を余儀なくされていること。それだけ。

 崩れかかったビルを見上げる。草木に覆われたそれはもはやいつ崩れてもおかしくないバランスを保っている。中には様々な動物が暮らしているのかもしれない。

 人が暮らせる地上を取り戻せるのかは、今の社会にとって大きな問題だった。東京の地下鉄。それに付随する施設をどうにか人が住めるようにしていたが、それも限界がきている。地上の様子を知っていたおおじい様もついには無念を胸に抱えたまま死んでしまった。これ以上地上の知識がなくなる前に地上を取り戻さなくてはならない。そう決めたのは父親たちの世代だ。しかし、それは簡単なことじゃないのもわかる。いや、実感している。人間の手を離れた首都は動物の楽園になった。凶暴な動物も当然いる。地上に探索に出て帰ってこなかった者もたくさんいた。しかし、地下での生活もいよいよ限界に近付いている。深刻な食糧不足。経年劣化した機械類の修復。増えてきた人口。様々な問題が押し寄せてきた今、この世代は再び地上を取り戻すべく、教えてもらった知識を糧に探索を続ける。

 大阪や、名古屋にも同じようなコミュニティが出来上がっているはずだとおおじい様は言っていた。そこであれば別の技術が伝わっている可能性があるとも。

 なんとしても移動手段を確保して、ほかのコミュニティとつながらなくてはならない。それが一番の急務だ。

 道玄坂を登る。生い茂った草木はアスファルトを突き破っている。歩きにくく、いつ外敵に襲われるとも知れない緊張が襲い続ける。

 それでも先に進まねば、みなの希望を消すわけにはいかないのだ。

 そう心に誓って、足を進めた。あのオカピは食べることが出来るのだろうか。狩りをするのも一苦労な体格をしていた。

 やめておいたほうがいいか。今は移動手段を探すことだけに専念しよう。まだ、日が落ちるまで時間がある。そう考えていたことが甘かった。育った草木は視界を遮り、自分が来た方向すらわからなくさせる。迷子だ。死を覚悟する。同じように見えるビルは頭を混乱させる。

 がさっと音がして驚いてそちらを見る。オカピだ。先ほどの個体だろうか。じっと見つめているとオカピが歩き出した。不思議とついていきたい気分になった。

 しばらくすると渋谷駅が見えてきた。まさか、案内してくれたのか。そんなバカなとは思うけれど、不思議とそう信じてもいいのかとも思った。

「ありがとな」

 そう声をかけるとオカピはどこかへ行ってしまった。さて、いったん帰ろう。そう地下鉄の入口へと向かうのだった。

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