高級住宅街・タイマー・温泉

 ピピピ。ピピピ。ピピピ。

 昼間散歩がてら歩いていると、どこからともなくタイマーの音が鳴り響いている。なんのタイマーだろうと首をかしげる。ここは外だ。響き渡るほどの大きな音を出すタイマーとはいったいなんなのだろう。

 ピピピ。ピピピ。ピピピ。

 音は鳴り止むことなく、続いている。だれがセットしたか分からないが。止めろよと思う。止まるどころか、次第に大きくなっていくそれは目覚ましを連想させる。

 誰か巨大な目覚ましい時計でも使っているのだろうか。それにしたってこんな住宅街でこんな音量を流していたら近所迷惑になりそうなものだけども。

 そう思っていたら、誰かが舌打ちと共に、窓が勢いよく閉めるのを見た。やはり、よく思われているわけではなさそうである。当然であろう。

 しかし、どこから鳴り響いているのだろう。

 ピピピ。ピピピ。ピピピ。

 歩き続けているが、遠ざかるわけでもなく、近づくわけでもない。まるで、この高級住宅街全体から鳴り響いている様にも思える。そんなまさか。抱いた、感想を振り払うかの様に首を振った。

「お兄さん温泉でもどう?」

 突然怪しげなおじさんに声をかけられた。ここは普通の高級住宅街。それなのにおじさんははっぴを着ている。温泉へようこそ。などと襟に書かれていたりもする。

「こんな場所に温泉なんてあるんですか?」

 不用意にも好奇心のあまり、おじさんに質問をしてしまった。にやりと不気味に笑うその姿に不安が募らないでもない。

「まだないよ。でももうすぐのはずさ」

 よくわからないことを言われた。まだないとは?温泉に誘ってきたのはそっちだろうにと言ってやりたくもなる。しかし、問い詰めたところで良い話が聞けるわけでもなさそうだと判断し、その場を離れることにする。

「まだないなら。出たら教えてください」

 ま、そのうちね。おじさんはそう言って見送ってくれる。一体何だったのだろう。考えても答えなんてわかりそうになかった。

 ピピピ。ピピピ。ピピピ。

 そうしている間も、タイマーらしき音は鳴り響き続けている。いい加減だれか止めてくれやしないのか、ピピ。

 おや、止まった。一安心できる。そう思った。その直後だった。

 ピピピピピピ。ピピピピピピ。

 先ほどよりも激しく鳴り始めたのだ。

 周りの住宅からも窓を開けて、うるせーぞ。なんて怒声が飛び交い始める。それも何軒もだ。当然とも言える。しかし、だれもがその原因についてわかっていないようで、どこにこのイライラをぶつけていいのかわからないようでもあった。

「さ、もうすぐだよ。これだけ大きくなれば。もうすぐだ」

 気が付くと先ほどのおじさんが、隣に立って頷いていた。

「何がもうすぐなんですか」

 訳が分からな過ぎて少しだけ不機嫌そうな声が出てしまった。

「何って決まってるじゃねぇか。温泉だよ。温泉」

 温泉?なんのことだか分かりやしない。

「ほら、もうすぐ来るぜ」

 ドドドド。

 地面が揺れ始めた。

「ほらこっちだ」

 おじさんに連れてこられたのは。住宅街の一画。まだ、家が建つ前の土地だ。

「ここだな。家がないところを狙うのはなんでだろうな。片づけが面倒くさいからかな」

 おじさんがまた、訳の分からないことを言っている。

「だから、なんの話なんですか」

「まあ、いいから見てなって。あんた運がいいぜ。これをお目にかかれるなんてさ」

 おじさんがにやりと笑う。

 ドドドドド。揺れが大きくなった。

「ほら来たぜ!」

 おじさんが叫ぶのと同時に、地面が大きく突き出した。次の瞬間。

 ピピピピピピピピピピピ。激しいタイマーの音と共に、水が地面から噴き出したのだ。土を巻き上げて周囲に降り注ぐ。

 目の前で見ていたのでもちろんそれを直に浴びる。大きめの石が当たってケガでもしたのではないかと思うほどの痛みが走る。それから泥だ。息が出来なくなって思わず、背筋が伸びる。そして最後に降り注いできたのは温泉だった。硫黄のほのかな香りと共に熱いお湯が体に付いた泥を洗い流している。空高く上がったからなのか、温度はやけどするほどではない。

 噴き出す温泉は次第に低くなり、やがて大きな穴だけがその場に残った。

「さ、いまからくみ上げるぜ。あんたも入るだろ。温泉」

 意気揚々と何かの準備を始めるおじさんをよそに、家路についた。

 温泉はたっぷり浴びた。濡れた衣服をどうにかするほうが先だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る