火薬・取扱い説明書・タピオカ

 町行く人たちは、笑顔だ。だれもかれも満ち足りた表情をしている。

 第三次タピオカブーム。一定周期で流行するその不思議な食感の食べ物は様々な味の飲み物に入って、すれ違うほとんどの人の手の中にある、ここにいる人たちはそれが要因で笑顔なのはほぼ間違いないのだろう。

 かくいう私も目的はそれだ。多くのタピオカ店が立ち並ぶこの通りには一度はきてみたいと思っていたのだ。目当ての店にたどり着くとオススメを聞いてそれを注文した。注文から手渡されるまでのわずかな時間も待ち遠しく思える。

 もちもちとした触感を楽しむ。味はベーシックなミルクティーだ。はたから見たら私も周りの人と同じように笑顔なのだろう。そしてタピオカ片手に写真を撮る姿は珍しくもない。そこで写真を撮っていないことに気付いて、しまった。やらかした。飲むのが楽しみすぎて失念してしまっていた。

 どうしようと立ち止まり悩む。飲み物としてのタピオカは今日はもう満足してしまっている。写真を撮るにしても下に新しい刺激が欲しい。

『刺激のあるタピオカ販売中』

 通りでは見えない裏路地の向こう。その看板が目に入ってきた。普段人の行き交いはほとんどないであろうその路地でそのお店はきらびやかに光っている。

 気になる。

 普段なら近寄ることのない少し怪しげな雰囲気に好奇心が勝った。

「タピオカあるよー。一種類だけどね」

 そう話しかけてくるスタッフに少しだけ怪訝な顔をしてしまう。

「そんな心配しないで大丈夫。少し刺激が強いだけよ。ちゃんとおいしいから」

 必死にフォローを入れてくるあたりがもっと怪しさを醸し出しているが、せっかくここまで来たのだし、買わないわけにはいかない雰囲気を出されている。おとなしくお金を出して商品を受けっとた。

「はい。これも持って行って」

 そう言って渡された紙には『取り扱い説明書』と書いてある。

 タピオカに取り扱い説明書?飲み方が特殊だったりするのだろうか。

 とりわけ見た目は普通のタピオカミルクティーだ。先ほどまで飲んていたものと大差ない。

 とりあず、写真を撮ろう。表通りに戻るりスマホを取り出すと、タピオカ片手にピースする。

 #本日二杯目#タピオカ#ミルクティー。こんな感じだろうか。

 目的も達成したことだし、歩き始めると、ストローを刺してとりあず口に運んでみる。

 えっ。

 あまりの美味しさに歩いてた足が止まる。タピオカが他とは違う。歯ごたえも、味も、これまで食べてきたどのタピオカよりも数段おいしく感じられる。突然足を止めたので何人か肩がぶつかりそうになったけれど、そんなことを気にしている余裕はない。

 #マジうまい#路地裏神。

 そんなワードすら浮かぶ。

 急いで一枚紙が折られているだけの取り扱い説明書を広げた。

 もっと美味しい飲み方が描かれているのかもしれない。そう思うと慌てずにはいられなかった。

『このタピオカはあまりに刺激的すぎるため、ランダムで火薬入りのものが入っています。この火薬入りタピオカを食べたら最後。口の中で小規模な爆発を起こします。食べ過ぎにはご注意ください。あなたの自制心が働くことを祈っております』

 そう書かれていた。

 は?

 なんのことだ。タピオカが火薬で、食べたら爆発する?そんなバカなことがあるはずがない。こんなに美味しいものを食べずにいられるわけがない。

 ストローを口に運ぶと一気に吸い込む。やはり美味い。これが止められるはずがない。

「おい。人が倒れたぞ!」

 その瞬間後ろの方から人の叫び声と一緒に、そんな声が聞こえてきた。

 ギョッとして振り返る。そこは先ほどのタピオカを買った店がある裏路地の入口付近だった。

「なにかが爆発しなかったか!?」

 混乱し始めるその場にいてもたってもいられず駆け出した。

 はぁはぁ。息を切らしていたが、手にはタピオカミルクティーを持ったままだ。

 もしかして、火薬入りのものを食べたからなのか。もし、外れを引けば私もあのようになってしまうのか。

 捨てよう。あまりにも危険すぎる。外れを引かずに数個食べられただけいいじゃないか。その思い出を噛み締めて生きていこう。

 そう自分に言い聞かせて、容器ごとごみ箱へと放り込んだ。

「おや、また来たのかい」

 タピオカ屋のスタッフは再び訪れた私を見てにやりと笑った。

 そうだ。新しのを買えば、確率が下がるはずだ。なに、最初の一個が外れなんて、そんなのありえない。

「毎度。ありがとうございます」

 タピオカ屋のスタッフは満足げに取り扱い説明書を差し出しては来なかった。

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