第12話 実験

何故か美術に関する習い事が増えた。

これは、詩を作って歌ったり高名な画家の作品を見てその感性を学び、言語化したり花を花瓶に活けたりと言った雑多なものだ。


まあ、前世では暇つぶしに美術や音楽に関する動画を見ていたのでそれっぽい事を言っておけば家庭教師も満足し、「年齢に見合わない高度な知見」との評価を貰った。


この国の美品らは豪奢なものが多く、侘び寂びを想う日本人としては芸術鑑賞は時間の無駄に思えたが、宗教観と芸術が高度に融合したモノも確かに存在したのであった。領内の街並みは技術の進歩をしていない中世程の発展具合であるが、無学なれども愚かではないという印象。


生き死にの中にこの様な芸術を求める感性はある種の生き様を感じるもので人は死ぬが芸術は死なずという歴史を紡ぐ一本の光る糸が見える。


美しさとは外見ではなくその人の精神性に寄ると言う意味を持たせて描いたであろう『痘痕の乙女』は個人的に面白いと思った。


家庭教師と言えば、学問に関しても同様に教育が始まった。


貴族同士の間だのマナーや社会法律、数学等の領地上に関わるものから、哲学、思想といった考え方によるものまで非常に多い。


学ぶ中で無駄に思える学問は無かった為に前世の常識と照らし合わせ擦り合わせを測るのが主となりそうだった。


面倒が無い程度にはやるつもりだがメインは魔法の研究に終始する為、教育に関してはそこそこの点数さえ取れれば良い。


と言う事で父ユリウスに数学と音楽、哲学に関する家庭教育は遠慮申し上げたのだが、子供に良くある『苦手科目はやらない』という逃避行動だと思われたのか「苦手な教科もしっかりと勉強する様に」との苦いお叱りを頂いたのだった。


そして今、教科書を読むだけの家庭教師を叱りつけて高度教育を施している最中である。


「だーかーらー。宗教と数学を結び付けないでよ!数字は人間が決めたの!人のモノなの!なんで無限が神さまと同じなのよ。円周率と√は無理数でしょっ!無理数全てに1を加算したら無理数の中で一致する数字羅列は無いの!無限自然数よりも無限有理数の方が無限倍、大きいの!自然数間の有理数にも無限数が存在するって事。「自然数間の有理数にも無限数が存在するために旅人は永遠に目的地へと辿り着かない」ってそんな訳ないでしょうが!」


水色の長い髪をした女性が頭を抱えていた。四則演算及び分数や証明の知識はある事をテストにて証明し、「貴女が教えることが出来る最高難易度の数学を教えて見なさい」と言った事を皮切りに彼女が得意げに発表し出した『無限と神の証明』である。

宗教と数学の融合と題して彼女が話し私がその理論を完全に否定した形である。


彼女の主張は纏めると「旅人Aは目的地Bへ向かうがその旅程は無限に分割出来る。無限に歩ける人間は居ないので数学的には目的地に辿り着けない。しかしながら実際に旅人は目的地へと辿り着く為に旅人は神に導かれている」と言う主張である。


私の主張は「無限に分割したA〜B間の距離Vの無限に分割された有理数の合計はVになるから無限自然数より無限有理数の方が無限倍大きくなる」と言ったもの。


1cmを無限に分割しても1cmで距離は変わらない。


『辿り着かない』と言う前提がおかしいし、数学に宗教を絡めて考える意味がわからない。


「しかしながらそれでは神は無限では無いという事になります。普く我らを照らすのですから神は無限でしょう?」


「あーもうっ!じゃあこう言えば良いの!?『神は死んだ!』」


「っ!」


家庭教師の彼女は目を見開いて両手を口に当てる。


「貴女は神がどうとか言ってるけどね、貴女が常識を理解してないだけでしょ?

そもそも神が無限なら人間なんて不完全な生物創る訳ないじゃない。もっと完璧な生物を創るわよ」


「それは、我ら人間の先祖が神の肉から切り落とされたからで」


「無限を切り取っても無限でしょうが?貴女が言ったのよ。無限に分割出来るんでしょ?じゃあ、なんで人間は完璧じゃないのよ。人間が完璧じゃない時点で神は無限じゃ無いって証明されてるでしょうが、自慢げに気取ってないで現実見てから逆算しなさいよ数学の家庭教師なんだから」


丸めた教科書で彼女の頭を何度も叩く。叩く度に大きい胸が揺れるので見た目に良い。

べしべしべし。


パワハラを受けている彼女は涙目であった。

なんでもかんでも宗教と学問を混ぜるな。変な思想が入ってくるだろうが。


まあ、魔法がある時点で神と呼ばれるに相応しい存在は有るのだろうとは思うが、数字に神は存在しない。先程死んだ。


「そもそも神の存在を証明して何の意味があるのよ?教会にお金を流したい欲に塗れた豚共が肥えるだけでしょうに。それとも」


貴女も働かないでお金が欲しいだけの家畜なの?


私は冷たく言い放った。

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