第11話 問題
「ユリウス様!イア様が・・・うぅ」
館へ帰った私は真っ先にユリウス様の執務室へ向かいました。
イア様は幼いながらも天才的な魔法使いですが、その能力に比例する様に残酷です。
幼い子は昆虫や魚取りをして命の尊さを学びますがイア様のそれはまるで、命を軽く見ている気がしてならないのです。
ユリウス様やローザ様。嬉しいことに女中である私にもイア様は寛容で寛大で優しくあります。
しかし、魔獣とはいえどもあの可愛らしいピンクラビットの絶命の絶叫を可愛いなどと、女の子の感性ではありません!
「うーん、困ったね。軍属貴族としては正しいんだけども」
ご報告に際し、ユリウス様も大変困ったご様子でありました。ローザ様には報告しないように私に言い含めて私は執務室を後にしました。
貴族の子女ともなれば他の貴族へと嫁ぎ関係を深くする為に夫を立てる必要があります。しかしながらイア様の子女らしからぬ感性ではそれこそ男性から遠ざけられてしまう。
ローザ様はもう子供を産める体ではなく、ともすればフォン(貴族)・ドラゴニウス(ドラゴンを討伐した)家が途絶えてしまいます。
王から直接賜った貴族家が途絶えると言うのは王の見込違いを突き付けるのと同義である為に不義に当たります。ユリウス様が困るというのも無理からぬ事です。
家の存続が貴族の義務なのですから。
◇
レミーが出て行った執務室のドアを見つめ続ける。
イアに与えた領地で魔獣除けの魔法陣を作成する際に捕まえて来たピンクラビットで実験をしてその絶命の悲鳴を可愛いと称したらしい。
子供の残酷さは領民たちを見ていて親しみがある。捕獲した虫を飽きたと言って放り投げる子供は多い。だけど、虫を殺すのとラビット程の生物を殺すでは罪悪感が違う。
領民の中でも狩り人が血抜きをしているのを見て血の気が引く者も多いし、冒険者を始めたばかりの初心者も実際に魔獣を殺すと震えるものだと知っている。
冒険者はその偉業ばかり注目されるが、その裏には生き物を殺す葛藤があるもので、それは騎士団も一緒だ。
騎士団には生き物を殺す訓練さえあるのだからその忌避感は人類共通のものと言っても良いだろう。
この件の問題は3つある。
1つはイアがピンクラビットを捕まえたという事実。
見た目に可愛いウサギ系の魔獣だがピンクラビットの探知能力は他と一線を画す。
長い耳は地面の振動を逃さずに拾う為に先ず出会えない。足も人より速く追いつけない。ピンクラビットは遠方から見つけた所を驚かせて巣穴に案内して貰い、全ての巣穴を塞いで煙で燻す事で彼の機動力を奪って巣穴を掘り起こすのだ。
冒険者ギルドではCランク昇級試験にもなっている。知識と実力の両方が必要な魔獣。8歳のイアが討伐出来る魔獣じゃない。
2つ目はレミーの言う残酷性。
基本的に人間は自分の出来ることは他の人間もできると思っている。
好きな様に生活している以上自分が基準になっていくのは当然だが、イアの場合、その基準が高すぎる。
魔法で土地を耕したとか芋を数秒で植えたとか魔法陣という国家機密である技術を当然のように使っている。
イアが機密の魔法陣を知っているはずがないから自分で思いついたんだと思うけど、それって王国の魔法使いたちが何十年も何百年も掛けてやっと1つ出来る様な高度な技術だからね?
それが基準になると全ての人の格がイアより下という事になる。
人は自分より能力がない人間に対して残酷で非情な扱いをする人が多い。
騎士団でも他より体力の無い団員が他の団員の足を引っ張っていると思われて虐めに合うケースがあるし、商会でも計算が出来ないとか文字を書けないとかで差別があるのだ。
大人でもそうなのに子供のイアは精神が未熟な為により残酷な仕打ちをする事になるかも知れない。
子供は無邪気に虫の羽を千切るが、それは自分より遥かに弱いからだ。
人の抵抗できない者に対する仕打ちは残虐になる。
3つ目は・・・一番問題なのが、他人と自分との線引きが明確化されている事だ。
人間は群れる生き物だ、群の中に社会があり出会いがあり将来がある。
他人の事を考えて行動するから社会的に認められるし、仲間が出来る。その際には社会の為を考えて自分の利益を手放す必要も出てくる。
イアはピンクラビットの悲鳴を聞いて可愛いと言ったらしい。
まるで魔物にかける慈悲は無いと言うかの様に。
他人を傷つけたら同情するから自分も嫌な気持ちになったり、痛々しい顔になる。
嫌な気持ちになりたく無いから他人を思いやって行動が出来るのだ。
けどイアにはそれが無い。
傷ついた子供が目の前にいたら「痛そー」という感想だけで終わってしまう。「大丈夫?」と声を掛けるという選択肢がない。それでは人の社会の中で生きれない。仲間が出来ない。
貴族として産まれたイアには仲間が必要だ。
僕は報酬として領地と貴族位を下賜されただけの成り上がりだから一代でドラゴニウス家が途絶えても構わない。でも子供には楽させてあげたいし、領民たちにも迷惑を掛けたくない。
貴族としての誇りは無いけども自分の残した偉業はイアの子供にも語って聞かせて欲しい。
今思えば、歴史ある貴族の子孫であった父も僕の事を思っていた筈なのだった。
イアの、僕の子供の事で悩む度に父の顔が脳裏に浮かぶ。
貴族が嫌になって喧嘩して家を出て、僕の実家は弟が継いだ。
あの父も僕の事で悩んでいてくれたのだろうか。
今に後悔はないけど過去に心残りはあった。
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