第5話 魔法使い

生後半年が経った。

寝返りが打てるようになり、わずかな時間ではあるが座っていることができるようになった。


これまでの時間は自分で動くこともなく思考の波に沈むことが主となっていたが、特に成人した精神が赤ん坊の不自由さに耐えられるはずもなく父親と母親、中年の女性に媚びを売りながら今後必要となるであろう知識を整理していた。


今日も同じ事を繰り返そうとしていると、父と母が見知らぬ若い男を連れ立って部屋へと入ってきた。

上着しか見ることは出来ないが、聖服を思い出させる黒い服だ。若い男は私の顔を見下げると笑顔で私に語りかけた。


「それでは、イア様のギフトを鑑定致します。」


ギフト?と考える間もなく、若い男が私の額に触れ本を片手に祈るように呪文を唱える。


「この娘の与えられた才能を示せ」


すると、突然透明の水色のポップアップが私の目の前に現れた。


あなたの能力を表示しますか。


はい いいえ


私が視線を動かすと中央のポインターが動きロックされた選択肢が白い線で囲われる。


いいえ


「この娘の与えられた才能を示せ」


いいえ


「この娘の与えられた才能を示せ」


いいえ


「手強いですね、この娘の与えられた才能を示せ」


いいえ


呪文を唱える度にポップアップが出現し、その度に『いいえ』を意識する。

単純な話、自分の能力を他人に知られるのは問題があるし良い気はしない。


今後の人生でこう言われ続ける羽目になる。


「この才能があるのに、勿体ない」


才能とやりたい事は必ずしも一致しない。才能が公開されてその才能に合った教育がされるのは効率的ではあるが、結局のところ続けられるか否かが最も重要なのだ。と思う。


恐らく、赤ん坊が『はい』を意識するまで繰り返されるであろう呪文は数時間かけてもその効力を示さない。


私は才能の表示を拒否し続けた。





ユリウスは困惑していた。

今日は愛娘イアの生後半年。

この国の貴族は金貨を積んで聖教会の司祭に子供の能力の鑑定をして貰う事が通例となっていた。個人の才能は生れながらに決まっている。


算術が得意な人間もいれば戦いが得意な人間もいる。


生まれながらに体の弱い人間もいれば強い人間もいる。


ならばその個人に合った教育をさせてあげるのが親心。体が弱い人間に戦えと言うのはあまりにも『可哀想』ではないか。


ユリウスは自分の領地の聖グエル教会の牧師で最も才能あるガリウス牧師を指名して館へと呼んだ。


幼い内は意識が定まっていない為に拒否と肯定の判断が出来ず、個人の意思によって提示される鑑定と言っても赤子の才能鑑定は3、4回もやれば終わるものだ。


大人であれば拒否する人間もいるが、一定の職業に就く場合は特定の才能を持っている方が有利になるので才能鑑定書の提出を求められる事も多い。


しかし、愛娘は才能鑑定の一切を拒否し続けていた。この頑なさは妻ローザに似たのだろうか。


ローザは自身の虚弱を省みずに僕の子を産むと言って聞かなかったから。


鑑定を拒否し続ける娘を見ていると気分が落ち着いて来た。


うん、僕とローザの子だ。


僕も家を継ぐのが嫌で騎士団に入団したもの。結局、色々あって貴族位を貰っちゃったけれども。


顔が青くなっているガリウス牧師の肩に手を置く。

彼はびくりと全身を震わせて勢いよく振り返った。


「ゆ、ユリウス様・・・」


これは魔力切れだけじゃない。貴族が金貨を積んだのに結果を残せていない。赤子の鑑定さえ出来ないなんて牧師の名折れ。彼の出世は此処までだ。


今後の不安について考えているんだろうね。


「もう、帰っていいよ」


まあ、鑑定しないと生きていけないわけじゃない。農民は才能鑑定をしないし。

ただ、貴族で鑑定していないのはイアだけになるだろうと思う。正式にイチャモン付けて積んだ金貨の返却と慰謝料請求。


昔は、こんな貴族の在り方が嫌いだった。

自分で呼んでおいて出来なかったら切捨て(そのままの意味)をするのを見て来たから。


ただ、今なら必要な事だと判る。

だって舐められたら骨の髄までしゃぶられて惨めに死ぬ羽目になる。


「君は生かして返すけど。この件は正式に抗議するから」


市政では英雄なんて持て囃しを受けてるけど、僕にだって表に出さない顔はある。貴族はみんな仮面を被って生きている。


そう言えば、父は『子供に貴族の正義は判らん』と言っていた。

あの時の僕は言葉の意味は分からなかったけど、


「父上、今なら判るよ」


家出してから15年以上会っていない父にちょっとだけ、会いたくなってきた。

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