第4話 精神

ーー3日が経過した。


この数日、前世で使えそうな知識が無かったかを思い出し、その原理を説明できる化学式を思い出していた。

中世以降で使用されていた文明の利器を使用する事が有る筈。先の時代を知っているのは有利だった。


私が考えを整理していると、遠くから騒がしい音がした。


そして、20分もすれば私を取り上げた中年の女性が赤い長髪の男を伴って部屋に入って来た。


「ユリウス様。この子がイア様です。はい、イア様。貴女のパパのユリウス様ですよ」


中年の女性はゴワゴワしたベッドから私を包み込む様に取り上げてユリウスに顔を見せるように抱き留める。


「ああ、よかった無事に生まれてくれて。ローザも元気そうにしてたし、神さまに御礼の言葉を届けなくてはいけないね」


若い男である。人間は肌の艶や皺で老いを判定するが20代のそれを超えない様に思えた。

私の頰を撫でる指はゴツゴツと皮膚が固まっていて軽鎧の姿を見ても剣を生業にしている事がわかった。

家の内装から考えても、職業は騎士か貴族。

恐らく遠征にでも行ってしたのであろうか、その姿は泥と血で薄汚れていた。


戦いが有ると言うことは当然、私の命も危ういと言うことである。将来的に考えても領地内の紛争は領主の手で雪がなければならないだろうし、戦いとは基本的に戦力が伴う。

領地内で焦土作戦などを行われたら、餓死の可能性すらある。領主には高い戦力と高い知力が求められる。


つまり、


「おぎゃあ(お稽古地獄確定ですやん)」


私が暗い未来に絶望していると、ユリウスと中年の女性は喜びの声を上げた。


「まあ、喜んでいらっしゃいますわ。イア様はユリウス様が父親であると解っているようですわね。」


ユリウスは気を良くした様に微笑み、更に私の頬を撫で続けた。

私はその言葉を受けて、急ぎ喜んだふりをする。


「ふふっ、その様だね。嬉しい事だ。僕にも父親としての自覚が湧いてきたみたいだ。父上も僕が生まれた時はこんな気持ちだったのかな」


男は単純な生き物だ。親しい異性が笑っていれば機嫌を良くする。見え透いた裏が無ければ更に良し。


私も男だったから良く判る。辛い時は家族の笑顔を思い出して奮起するのが世のお父さんの常だ。


ん?詰まる所、私は赤ん坊になって胡麻擂りしてる訳?


前世の面倒な上司を思い出す。

豚も煽てりゃ木に登ると思いながら先輩のお陰ですを連呼してたっけ。


うん、もう少し育ったら「パパすごーい」を連呼しようそうしよう。


褒められたら嬉しいのはどの時代でも変わらない。父も応援を背にして頑張れる。うん、良いスパイラルだ。

取り敢えず撫でるのをやめて欲しいので欠伸をする。


「あら、イア様はお眠りになりたいようですね。ユリウス様」


「ああ、もう少し愛娘を眺めていたかったけど僕も汚れている。身を清めてくるよ」


「準備はさせております」


そう言って中年の女性は机の上にあるベルを鳴らす。暫くすれば別の使用人が部屋をノックしたのでユリウスは退室した。

私はベッドに降ろされ、寝息を立てるふりをした。


「それでは、おやすみなさい。イア様」


中年の女性は私の腹をポンポンと叩くと、部屋から出て行く。基本的に部屋はそこに住む個人が尊重されている様子であった。


ユリウスの軽鎧を見る限り、戦いの衝突は凄まじく、自身が思っていたものよりも生々しいものだった。

薄いとはいえ鉄を凹ませるでは無く、切り裂く敵がいたのだ。それがいかに恐ろしいかは体験しなければ解らない。


早いうちから備えなくてはならない。

敵は待ってくれないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る