二人ぼっちの一人舞台

 新しい服を身に付けた。

 普段は着ないようなもの。

 茶色い、フード付きのニット。

 あの子が『絶対似合うから!』と、

 ぼくに押し付けた、あの日のこと。

 忘れられない。絶対に。


「やっぱり似合うじゃん」


 耳元で響いた、懐かしい声。

 振り返るけど、誰もいなくて。

 分かっていてもため息が出る。


 あの子は絶対、ここにはいない。


「ねえ、その服着てどこ行くの?」

「図書館に。君も、ついてくる?」

「もちろん! 図書館、大好きなんだ」


 言葉を交わして、ふと思う。

「どうして君は、ここにいるの?」


「居場所がここしかないんだから」

 そう言ってあの子は、笑っている。

「君の中にしかいられないんだよ」


「――ああ、ああ、そうだね」

 確かにあの子の言う通り。

「君は、ぼくの中にしかいないんだ」

 だって。「だって君は、ぼくが創ったから」


「正解!」という声は楽しげだ。

 あの日と、全く変わらない。

 服を見て悩んでいたぼくに、

『絶対似合うから!』と言った君と。

 あの時も、同じやりとりをした。


 姿の見えない、幻の君と。


「さあ、行こうか」声をかける。

「うん、行こう」と君は返す。

 二人ぼっちの一人舞台。

 ふと、後ろを振り返ったら。


 ――いないはずの君が、そこにいて。

 笑っていたような気がしたんだ。

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