act.2 Take a carriage to the battlefield
2-1:ただの柵でしかない
その後、ベルリッジの手によってセレーナの護衛申請が仕事として受理された後。
「凄い、凄いです。思っていたよりもとても速い……!!」
セレーナと共に――馬車に乗っていた。
というのも、その後送られてきた二通目の差出人不明、あるいはコルテンティアの印章の手紙が
『相続人選考会について日取りが以下のように決定いたしました』
『相続人の決定までは最長で数日掛かる場合がございます』
『各自ご準備の上、参加していただきますようお願い致します』
『なお、当日は迎えの馬車をご用意いたしますのでご安心ください――』
述べられている通り選考会当日、魔導書管理局の出入口前。御者は居らず、コルテンティアの印章が刻まれた車体。四人乗りの閉じた客室に、自動的に開く扉。質素ながらも品の在る黒塗りの馬車が停まっていたのである。
紛れもなく迎えの馬車だと主張するそれに、三人はそれぞれの理由で乗車し、今に至る。
が。
「それにしても、全く揺れませんね……」
「……揺れないのは、振動を打ち消すような魔術が施してあるから、と思われる」
「成程、その可能性は思ってもみませんでした……!!」
花菱は
「しかしながら馬車も次第に改良がなされ、サスペンションの機能を持ったものもあったとも聞きますよ……?」
「例えそうだとしても、……魔術式には敵わないだろう」
「となると、今私が体験している乗り心地と実際に馬車に乗っていた方々の乗り心地は全く違うものなのでしょうね……」
「そう考えるのが、妥当だな」
片や、視線を手元の本に素っ気なく言葉を溢す、図書館の引きこもり。
片や、天然さを垣間見せつつ天真爛漫な返答をする、箱入り女性。
コミュニケーションに難ありと浮世離れした価値観持ちであるからこそ、衝突なく会話が進んでいるようなものである。
「流石、カーティス様は博識でいらっしゃいますね! あっ、ええと」
では
「
「……イズミでいい。家名はあまり、好きじゃない」
「わかりました。ではイズミ様と呼ばせていただきます……!」
相手の顔を見ながら会話しようとするセレーナ。それを無視するわけにもいかず、イズミ自身が会話せざるおえない状況になっているのだ。
おのれベルリッジ許すまじ、追加報酬を要求してやる、と決意したのも束の間。
ちらりと、そしてじとりと隣から寄越されるイズミの視線。それとなく助けを求めていたそれは段々と鋭さが増し、更には恨みがましさが込められてきている。
(早急に手を打たねば。――
「では、ハナビシ様はいかがでしょう?」
「へあっ?! えぇ……、っと?」
どう手を打ったものか。考えを巡らせていた花菱は、急に振られた話題に変な声で返す。手持ち無沙汰にへらりと笑えば、セレーナはセレーナでにこっと笑みを浮かべた。
「あまり東洋の方と関わったことが無くて。何とお呼びするがよいのか、教えていただきたいのです」
「あー、ナルホド。そう、ですね」
「確か、
ハナビシ様、で合っていますでしょうか。
そう不安げに見つめるブラウンの瞳。日本において魔術師、という存在は多くの娯楽、多くの物語の下知られたものであるが、魔術師を生業とする者は少ない。
「そうです、合っていますよ」
安心させる意を含めて、笑みつつ花菱は頷きで返した。
「ファーストネームがエリで、ファミリーネームが花菱です。ですが堅苦しいのは得意ではないので……、是非エリと呼んで頂ければと」
「わかりました! それではお言葉に甘えて……エリ様、と呼ばせていただきます」
にぱっと花が咲くように口元を綻ばせたセレーナは、年相応の普通の娘にしか見えない。だがしかし、人は、人こそは見かけで判断できぬもの。
「私のことは好きなようにお呼びくださって構いません。……どうか選考会の間、よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします、セレーナ嬢」
「……よろしく」
優雅にお辞儀をして告げるセレーナ。それに軽く会釈をしつつ返す花菱と、ちらりと視線を向けるだけのイズミ。
(愛想ぐらい振り撒けよ)
と花菱が左脇腹を右肘で小突いてやれば。
(それは君の仕事だろう)
と言いたげに恨めしそうな視線が返ってきた。その通り、イズミが愛想を振りまくことできないのも、調整役は花菱以外に務まらないだろうことも明白である。
花菱は、ふうと息を吐いた後、このまま会話の主導権を握るべく。
「ところで、セレーナ嬢」
「はい、エリ様。いかがなされましたでしょうか?」
「できれば今の移動時間を使い、情報のすり合わせを行っておきたいのですが……よろしいでしょうか?」
業務内容の確認ともいえる名目。まずはそこを足掛かりに、良好までとはいかずとも、それなりの信頼関係を築いていくことにした。
「ええ、とても大事なことですね……! 勿論、よろしくお願いいたします」
花菱がちらりと隣に視線を向ければ、イズミはといえばやれやれと本格的に読書に没頭し始めたようだった。
『彼にとって毎日のルーチンたる読書は、心を落ち着ける意味合いもあるのだよ』
とはベルリッジの談である。
「では、手始めに簡単なところから参りましょうか。まず、我々――魔術司書についてはどの程度ご存知でいらっしゃいますか?」
「そうですね……」
顎に当てられる、水仕事を知らないだろう白魚のような美しい手。だがそれ故に、指先の、ほんの少しの歪さが際立つ。
(……中指、か。それも両手)
「魔導書管理局に勤めている方がそう呼ばれる、という事ぐらいでしょうか」
「その認識で合っていますよ、間違っていません。勤務内容としては、魔術関連図書の執筆、保蔵、修復、そして
「
魔力とは、いわば純粋なエネルギー。あらゆる属性を帯びる混沌にして曖昧なる物質。魔術師によって定義されることで、属性が定まりカタチを得る。
だが、魔力は何にでもなり得るが故に、カタチを求めるものでもある。時に古き
「はい。
本に刻まれた人の想いが、言葉が、魔力を定義してしまうから。
「魔導書管理局は、図書に関する仕事を一手に引き受ける中立機関です」
「……中立機関と言うからには、
「
「――俺が話そう、それを貴女より知っているからな」
ほんの少しの歯切れ悪さを持つバリトンボイスが、花菱のメゾソプラノを引き継いだ。
「イズミ様?」
不思議そうなセレーナをよそに、パタン、と閉じられる本の音。精神が落ち着いたのか、はたまた気が向いたのか、あるいは。ある程度思考を巡らせたところで、花菱は気が付く。
(――ああ、そりゃあそうか)
「じゃあ、よろしく頼む」
己よりも話し手として適任。そう判ずればさらりと受け渡される、話のバトン。
「……魔導書管理局の成り立ちには、魔術師同士の
魔術界には多くの魔術師がおり、その数だけ魔術に対しての価値観がある。それぞれが至上とするものの違いから魔術師同士で衝突を起こし、――その禍根は
「中世から近世に移り変わる頃からか。魔術界は三つの派閥に分れ、各々が主義主張を掲げ争うようになり――次第に激化していった。何が起こったか分かるか?」
「ええと……排斥、でしょうか?」
「そうだ。派閥内における学問統制、というのが言葉として一番近しいと考えられる。知りたければ門徒に下れ、とな。勿論、力による統制もあったのだろう」
魔術師同士が派閥にまとまったことで、派閥内における支持する魔術書のみの開示が行われ始める。同じ主張を持つ者に益を、それ以外には隠匿を。
派閥争いが盛んな頃に、魔術師の数が激減したのは言わずもがなであろう。
「さて、此処で問題が生じる。魔術師の家系は生まれながらに何れか派閥に属する。しかしミス・ハナビシのような一代限りの存在はどうだ? 更には、俺のような派閥に関心のない者は?」
「何処にも属さなければ、……どの学問も学べないまま、なのですね」
こくり、と小さく頷いたイズミの
巻き添えを喰らった彼らは、思う儘に魔術というものを研究できなくなってしまった。たかが数代にわたり魔術師を輩出しているだけの者達による、たかが魔術に対する考えが違うだけの
その無念さたるや、計り知れない。
「故に、俺のようなものにとって
(言いそうだと思ってた……)
生じる、開かれた学び屋の必要性。全ての派閥の外――中立であり、広く魔術について学ぶことのできる図書館のような側面を持つ機関。更には、今後同様な派閥間の
「だから必要となった。避難所ともいえる、中立機関の存在が、な」
それが、現在にて魔導書管理局と呼ばれる、魔術機関の正体なのであった。
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