2222年2月22日(M)→2020年6月26日(O)

たどり着いた先は、西暦2020年6月25日、木曜日。

23時51分。

まもなく、日付が変わろうとしていた。


わたし自身が混乱しないために、わたしが生まれた世界をM世界(missing世界、あるいは加藤麻衣が存在する世界)とし、そのオリジナルであり、加藤麻衣が存在しなかったこの世界を、O世界と呼ぶことにする。


晴美がわたしにくれた天津九頭龍極に現在位置を調べさせると、M世界の地図のまま、わたしの現在位置を200年前のM市山手町としていた。


その町は、M世界において、佐久間ももかが佐久間航と共に暮らしていた町だった。


M世界で、加藤麻衣のホログラムが立っていた場所から、発信源をたどり、わたしが得た座標は、O世界の確かにこの辺りを指していた。


2つの世界のGPSは同じ理論、同じ技術に基づき作られていたようで、数分のタイムラグがあったあと、O世界のものと切り替わった。


しかし、地図は全く変わることがなく、現在位置がM市山手町であると示していた。


わたしは地図の縮尺を、世界地図レベルにまで変更した。


2つの世界の世界地図は、全く同じものだった。

某国も合衆国も、O世界にちゃんと存在していた。


加藤麻衣がわたしに告げた言葉を思い出す、、、


O世界において、2000年当時19歳だった青年が、産まれてくることができなかった妹、加藤麻衣が存在する世界を作った。


それから20年後の2020年(O世界)に、39歳になったその青年は、佐久間ももかという少女の存在を知り、M世界の20年後の物語を紡ぎ始めた。



紡ぐとは、何だろう?

M世界は、O世界における、小説か何かに過ぎないということだろうか。

もっと精密に作り込まれた世界かと思っていたのだけれど、、、


それにしては、不思議だった。

M世界のわたしが、O世界にこうして肉体をもったまま存在できることや、晴美がくれた強化外骨格が機能していることが。

わたしがこのままこの世界にとどまったとしたら、、、おそらくこの世界には存在しないであろう、千年細胞、いや、今のわたしの細胞はアルテミス細胞か、、、アルテミス細胞やヒヒイロカネといったM世界にしかないものをO世界にもたらしてしまう。


それは、O世界の理を破壊してしまいかねない。

わたしは、この世界やこの世界に住む人々に一切干渉してはいけない。

M世界に早く帰還しなければいけない。


M世界への帰還自体はどうやらできそうだった。

強化外骨格がM世界の幻想指定地域東京の座標を記憶していた。



M世界はO世界を元に作られており、加藤麻衣と匣の存在の有無、そして晴美が発見、開発したもの以外は、おそらく大差がないのだろう。


つまり、佐久間ももかと佐久間航が暮らしていたマンションに、加藤麻衣とM世界を作り出した神に等しい存在がいるに違いなかった。


わたしは、M世界で200年前に一度、この町の、佐久間ももかたちの住むマンションの同じ階にある部屋に住もうとして、やめたことがあった。

そのときの記憶をたよりに、マンションに向かって歩いていくと、駐車場にひとりの少女が立っていた。


「ゆりか、、、?」


いや、違う。

O世界にもM世界同様佐久間ももかが存在し、そして、ゆりかという名前かどうかまではわからないが、ももかには姉がおり、故意か事故かはわからないが脳死状態にあり、M世界に肉体を置いてきた加藤麻衣は、O世界のその体に転移したと言っていた。


だから、わたしの目の前にいるのは、わたしの知るゆりかではなく、加藤麻衣なのだ。


彼女はホログラム映像からわたしがその発信源である座標を調べ、世界の壁を越えて追いかけてくるのを見越していたようだった。


彼女はわたしに気づくと、


「こっち。ついてきて。麻衣のお兄ちゃんに会いにきたんでしょ」


そう言って、部屋に向かって歩いていった。


「あなたはたぶん、中にまで入ったことはないだろうけど、ももかが棗雪待やわたしと住んでいた部屋と同じ間取り」


わたしを部屋の中へと案内した加藤麻衣はそう言い、そして、


「あれが、わたしのお兄ちゃん」


彼女が指を指した先には、死体が転がっていた。


「わたしが、この世界で、佐久間ゆりかの体に転移し目が覚めたとき、お兄ちゃんはもう死んでた。

最悪だよね。

せっかく麻衣が、あの世界が麻衣のためにお兄ちゃんが作ってくれた世界だって気づいて、あの世界にももかやゆりかや棗さん、、、麻衣の体までをおいてきたのに、死んでたんだよ。ありえないよね」


わたしは、多少医学の心得があった。

正確な死亡推定日時まではわからないものの、死後硬直や肉体の腐敗の状況から、死亡してからまだ数日といったところなのはわかった。


服毒自殺だった。青酸カリだ。


くまのぬいぐるみを抱いて、安らかな顔で死んでいた。



部屋のノートパソコンの画面がついたままで、


「前略 平行世界より、佐久間ももかと佐久間ゆりか、アリス・T・テレスと、そして小久保晴美へ」


というワードで書かれた手紙が表示されていた。


「その手紙にも、麻衣の名前はないし」


その手紙は、


「ぼくは、こどものころからずっと、自分を被害者だと思って生きてきた。」


という書き出しで始まり、


「ぼくは被害者ではなく、常に加害者だったのだと。」


と、途中に書かれており、


「そして、ぼくは、ようやく理解した。

ぼくには、くまのぬいぐるみたちしかいないのだ。

ぼくと、くまのぬいぐるみたちは、どちらも被害者になることも、加害者になることもない。

最初から、答えはすぐそばにあった。

今までも、これからも、ぼくにはこの子たちしかいないのだ。」


そして、


「きっとぼくはまた、同じ過ちを繰り返す。

ぼくがこの39年間、感じ続けてきた世界の不条理、

ぼくもまたその世界の不条理の一端を担う存在でしかない。

ぼくはきっと、これからも被害者のふりをしながら、加害者であり続けていく。

本当に、生まれてきたことが間違いだった。

それ以外に、ぼくは答えを見いだすことができない。

それでも、ぼくは生きていかなければならない。」


そう、しめくくられていた。



「このファイルの保存時刻を見たらね、お兄ちゃんがこれを書き終えた数時間後に、わたしはこの世界のこの部屋に転移してきたんだけど、、、そのときはもうお兄ちゃん死んでたの。くまのぬいぐるみを大事そうに抱いて」


わたしたちM世界の創造神は、O世界において、ぬいぐるみにしか心を許せない孤独な青年だった。


加藤麻衣は、死体が大事そうに抱えるくまのぬいぐるみをむりやりひきはがす。


わたしにとっての、デビット・シルバー・ブライアン・オースティン・グリーンと同じ、心理学の用語でライナスの毛布と呼ばれる存在だったのだろう。


「梨沙っていうんだって、この子。梨なのに沙みたいなの。まずそうな名前」


その名の通り、首や肩の綿が減り、顔はかわいいのに、その体は痩せた老人のようなぬいぐるみだった。


「麻衣のかわりに、お兄ちゃんのそばにずっといてくれて、ありがとう」


加藤麻衣は、梨沙を抱きしめると、大粒の涙をこぼした。



わたしは彼女が泣き止むのを待ち、


「あなたは、これからどうするの?

この世界にはあなたの居場所はないでしょう?」


そう訊ねた。


「この世界にも、あの世界にも、麻衣の居場所なんてどこにもないわよ」


「そう、、、勝手にしたら。わたしは帰るわ」


わたしにも、あの世界に居場所なんてない。

でも、この世界にいてはいけない。


部屋を出る前に、わたしは加藤麻衣にひとつだけ助言をすることにした。


「晴美がくれたこの強化外骨格は、わたしたちの世界で作られたものなのに、この世界に来ても、ちゃんと動いてる。わたしのアルテミス細胞もヒヒイロカネという液体金属の血も」


「何が言いたいの?」


「あなたが匣を持っているのなら、その匣はこの世界で使えるわ。すべての匣を持っているなら、この世界をあなたは作り替えることができる」


「お兄ちゃんを生き返らせることも、、、?」


「可能でしょうね。それをするかしないかは、あなたの自由。わたしにはもう関係ないもの」





そしてわたしは、O世界を去り、M世界へと無事に帰還した。


O世界に残った加藤麻衣が、あれからどうしたかはわからないし、知りたいとも思わない。


正直なところ、わたしは拍子抜けしていた。


わたしは、知らなくていいことを知りすぎた。

知的好奇心のたどり着く先に、神の世界があり、わたしは神の正体まで知ることができた。


神の世界は、この世界とほとんど変わらない世界で、

神は、その世界でうまく生きることができず、孤独に苛まれた人生を送り、最後には自ら命を絶った。


くだらない。

本当にくだらない。



だけど、そんなものかもしれないとも思う。




わたしは、この世界の住人として、わたしらしく人らしく生きていく。


ただ、それだけ。

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