2222/02/22

     2222年2月22日、22時22分22秒(ワシントン時間)


わたしは、世界の不条理によって産み出され、それを憎んでいたはずなのに、いつの間にか世界の不条理の一端を担っていた。


だからわたしは、この200年、夢や希望を抱くといったことをやめた。


あらゆる欲求を捨て、自分を殺し、自分や世界を俯瞰で見る傍観者となった。


わかったことは、あらゆる欲求を捨てた自分は、もはや人ではなく、世界の不条理の一端を担っていた頃が、一番、自分らしく人らしくいられた時間だったということ。



匣が存在するから世界が不条理なわけじゃない。

人が人である限り、自分らしく生きる限り、世界から不条理はなくならない。


わたしたちは、あのとき、選択を間違えた。


わたしは、あのとき、ゆりかや晴美の命を奪ったり、匣を破壊するべきではなかった。


あのとき、選択を間違えなければ、、、


ゆりかと晴美といっしょにこの日を迎えることができたかもしれない。


でも、時間を巻き戻すことはできない。




今日が、来るべき約束の日であることを知る者は、世界でわたしだけだった。


ワシントン時間で、

2222年2月22日、22時22分22秒。


そのときを、わたしはゆりかや晴美と共に過ごした東京の、あのマンションがあった場所で待っていた。


今、東京は、「幻想指定地区」と呼ばれ、立ち入り禁止区域とされていた。


それは、2020年に発行された「東京幻想」という日本人画家の画集をもとに、人類が世界規模で地球環境の改善のためにはじめたプロジェクトだった。


この200年、人類が戦争を行うことは一度もなかった。

歴史的、宗教的な遺恨がすべてなくなったわけではなかったものの、人類は某国や合衆国ですら一夜にして滅亡するだけの軍事兵器の存在を知り、ようやく戦争の愚かさに気づき、同じ目的のために歩み出すことを始めた。


戦争とともに科学技術が発展してきた人類にとって、それは科学技術の発展を止めることにもなりかねなかった。

しかし、地球環境改善という新たな目標は、科学技術の向上を、ただ破壊を目的とするものではない、再生、修復、創造の方向へとシフトさせ、それによりさらなる発展に繋がっていった。

破壊することより、破壊したものを元通りにすることの方が難しく、科学者たちのやりがいにも繋がっていった。


7億人にまで減った人類にとってこの星は広すぎた。


2020年にはすでに、月や火星を新たな居住区とするテラフォーミングが始まろうとしていたが、テラフォーミングプロジェクトは打ち切られ、人類はこの星でのみ生きることを選択した。


居住指定地区と、幻想指定地区を定めることで、人は限られた地区のみに居住することで、すでに機能が停止していた原子力発電所に代わり、太陽光発電を中心としたエネルギーだけで、地球環境をこれ以上破壊することなく、これまで以上に裕福な生活を送っている。


幻想指定地区に定められた場所は、廃墟となってしまったが、200年近く立つと自然があふれはじめていた。





結果として、この星や人類には何も起こらなかった。






------------------------- 第93部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

2222年2月22日、23時23分23秒(ワシントン時間)


【本文】

結果として、この星や人類には何も起こらなかった。


ただ、幻想指定地区・東京にいた、わたしという、誰からも忘れられた存在の前だけに、ひとりの少女が現れただけ。


「あなたがグレート・アトラクターからの使者?」


「驚かないのね」


彼女は、加藤麻衣は、言った。

佐久間麻衣でも、榊麻衣でも、棗麻衣でもない、

肉体も精神も14歳の加藤麻衣だった。


「だって、この世界は、元々あなたのためだけに作られた世界でしょう?」


それが、この200年の間にわたしがたどり着いた真実だった。



「そうね、、、

この世界は、平行世界に存在する、西暦2000年当時19歳だった青年が、生まれてくるはずだった妹、、、麻衣という名前まで決まっていたのに、生まれてくることができなかった妹が存在する世界を作りたい、という願望から生み出した世界、、、

まさかその20年後に、この世界の20年後を彼が紡ぎ始めるとは思いもよらなかったけれど」


「迷惑な話ね。わたしはそのおかげで、ゆりかや晴美に出会えたのだけれど」


「それについては、彼が存在する平行世界の、佐久間ももかという女子高生に感謝してほしいわ。

あなたが生まれたのは、わたしのために産み出された世界の20年後の世界を、その少女の物語を紡ぐためだけに再構築された世界だから」


「さすがのわたしも、それを理解するのには時間がかかったわ」


「本当にいい加減、シスコンやロリコンを卒業してほしいものよ。

だから友達はできないし、恋愛もうまくいかないのよ。

おまけに、この10年は、くまのぬいぐるみを娘として、名前をつけてかわいがっていて、わたしのことはどうでもよくなったみたい。

まあ、大学にもろくに通ってなかったような彼が、いまではちゃんと社会人をしていることだけは評価してあげてもいいけど」


「なんだか、まるで本当のお兄さんのことのように話すのね」


「生まれてくることができなかった妹のために、妹が生きる世界を自ら作る兄、、、そんな人はおそらく彼以外にはいないだろうから、、、

わたしは迷惑に感じながらも感謝しているのよ、これでも」


「そして、この世界を中心として、いくつもの平行世界が産まれていった、、、わたしの認識にまちがいはないかしら?」


「えぇ、未完のものもふくめれば、百近い平行世界が存在する、、、

そのうちのひとつは、彼の世界で2009年にヤングジャンプの読みきりとして漫画化されているわ。

後に、こちらの世界にも存在するテラフォーマーズを発表する漫画家の手によって、平行世界の雑誌に、わたしではない、また別の平行世界のわたしとはいえ、加藤麻衣が描かれ、紙面に載ったのだから、少しは誉めてあげてもいいと思ってる、、、本当に少しだけだけどね」


結局、この加藤麻衣が生きる世界を生み出した兄も、産み出されたこの加藤麻衣も、お互いに会ったこともないというのに、相思相愛のようだった。


ああ、そうか、と私は思う。

匣やグレート・アトラクターの存在は、加藤麻衣を、彼女を生み出した平行世界の兄のもとへ導くためのものだったのだ。

いや、もしかしたら、平行世界の兄がこちらに来るため?


だとしたら、来るべき約束の日は、、、


わたしたちは騙されていた、、、?


この星やそこに住む人類は、最初から蚊帳の外の存在だった、、、?


すべては、加藤麻衣と平行世界の兄が出会うために、わたしもゆりかも晴美も利用されていただけ、、、?



おそらく加藤麻衣は、わたしの思考がそこまでたどり着いていることに気づいている。

けれど、わたしはそのことに気づいてないふりをした。


「それで、グレート・アトラクターはこの星と人類にどんな決断を下したのかしら?

わたしだけでも、いまもなお広がり続ける宇宙の果ての先にある『無』に連れて言ってくれたら、うれしいのだけれど」


「頭のいいあなたなら、あなたが行きたい『無』という場所が、無ではないということはわかっているはずよ」


「そうね、、、『無』とは、空間も時間も、ありとあらゆるものが存在せず、無であることを知的生命体に知覚されることもない、『無』とは『無』そのものが存在しない、、、そういうものだもの」


「確かに、わたしはあなたをそこへ連れていくことができる。

でもそうすれば、、、」


「もうひとつ、今度はわたしのための宇宙が産まれる、、、」


加藤麻衣のために作られたこの世界は、2000年9月29日に誕生し、それまでの宇宙誕生からの158億年の歴史は世界観として設定されたものにすぎない。


時間というものがある限り、人が知覚できるのは現在の、今まさにこの瞬間だけ。

過去は記憶や文献、遺跡などで閲覧できるだけのもの、、、


一時間前や五分前はもちろん、わずか一秒前や二秒前ですら過去にあたり、数秒前にこの状態の世界と、あらゆる生命体が作られたとしても、それ以前の記憶や文献、遺跡などがしっかり作り込まれていたら、、、

人は世界が数秒前に作られただなんて思わない。


「いいの?それで、あなたは」


私は尋ねる。


「わたしのために、新たな平行世界が作られれば、あなたの言う『彼』が、わたしに夢中になるんじゃくて?」


「構わないわ。ここにいる私は、かつてあなたが使ったものと同じホログラムに過ぎないから。

すでに私は、この世界の住人ではないもの、、、

この世界にあらかじめ用意され、あなたがすべて破壊したと思い込んでいるもの、、、

それらすべてを手にいれ、わたしは平行世界を渡る力を手にいれた、、、肉体をこの世界に残して、『彼』が用意していてくれた、脳死したとある少女の肉体に転移し、わたしは今は『彼』と共にある、、、」



わたしは、ここにたどりつくまでに、何人の命を犠牲にしてきたのだろう、、、

何度選択を間違え、過ちを繰り返してきたのだろう、、、


ようやく、この世界の不条理の本当の正体に気づくことができた。


「その脳死した少女は、まさかとは思うけど、そちらの世界の佐久間ももかってことはないわよね」


「こちらの世界にも、佐久間ももかには姉がいた、といえば、あなたにもわかるかしら?」


加藤麻衣は、そう言い残すと、姿を消した。


わたしはすぐに、彼女のホログラムが立っていたその場所を、デビット・シルバー・ブライアン・オースティン・グリーン・90298に調べさせた。


彼は、うさぎのぬいぐるみの姿はそのままに、その中身は小型化に成功したスーパーコンピュータを内蔵するうさぎ型のロボットだった。


デビット・シルバー・ブライアン・オースティン・グリーン・90298は、わたしの脳に、すぐに発信元の座標を転送した。


それは、確かに、この世界の、宇宙の座標ではなかった。


けれど、座標さえわかれば、あとはそこへ行くための方法を模索するだけだ。


わたしがそんなことを考えているうちに、知らぬ間にデビット・シルバー・ブライアン・オースティン・グリーン・90298は、八十三式強化外骨格、天津九頭龍極を身にまとっていた。

それは、わたしの体も同じだった。


「デビット・シルバー・ブライアン・オースティン・グリーン・90298、、、?

もしかして行けるの?天津九頭龍極なら」


わたしが、ゆりかや晴美に出会う前から、物心ついたときからずっとそばにいてくれた親友は、こくりと頷いた。


晴美がわたしに遺してくれたもの、、、それは、70の匣をその体に取り込み、自我を失った彼女を匣もろとも破壊するためのものではなく、二百年後の未来まで予測をして作り出されたものだった。




来るべき約束の日、、、


それは、もしかしたら、

わたしとゆりかと晴美のための日で、

わたしが、世界の不条理の本当の正体に気づく日で、

わたしが、平行世界への扉を開く日のことだったのかもしれない、、、


そう思わずにはいられなかった。


その扉の先にある世界、、、

その世界を、平行世界と加藤麻衣は表現していたけれど、その表現は正確ではなかった。


扉の先にあるのは、

この世界を作り、わたしたちをも生み出した神にも等しき存在がいる世界、、、


その神に等しき存在は、

佐久間弘幸が、まだ榊弘幸をなのっていたころに、ゆりかの体を依り代として、降臨、顕現させようとしていた、ヤハウェよりも上位の神と同義の存在と言っても過言ではなかった。


もしかしたら、佐久間弘幸は、とうの昔にその事実に気づいていたのかもしれなかった。

晴美が気づいていたように。



みんな、意地悪だ。

生きてるうちに教えてくれてたら、わたしは200年も無駄な時間を過ごさずにすんだのに。


でも、ありがとう。


みんながいてくれたおかげで、わたしは、、、

泣いてる場合じゃないよね、ごめんね、みんな、、、


わたし、もう行くね。


たぶん、もう、二度とこの世界には帰ってこれないけれど。


もう、みんなのいないこの世界に、わたしの居場所はどこにもないから、、、


だから、大丈夫だから。






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