前略 平行世界より、佐久間ももかと佐久間ゆりか、アリス・T・テレスと、そして小久保晴美へ

ぼくは、こどものころからずっと、自分を被害者だと思って生きてきた。


父は人を愛することを知らない人だった。

母は、ぼくに過保護すぎるくらい過干渉だった。


だからぼくは、親に愛された記憶がなかった。


ぼくは今年、39歳になった。


ぼくはいまだに、人を愛するということがよくわからず、恋人ができても、体を重ねることでしか愛しているということを表現できず、愛されているということが実感できない。


セックス依存症だということは、薄々気づいていた。

医者からそう診断されたわけではなかったが、インターネットにある20ほどの質問に、はい、か、いいえ、で答えるだけの診断をしたら、そういう結果が出た。

薬での治療では治らず、カウンセリングが必要な心の病だそうだ。


原因は、幼少期の親から愛情不足だそうだ。


不器用な両親だったが、少なくとも母はぼくを愛してくれていた。

今では、ぼくのことを生き甲斐だと言ってくれていた。


父ももしかしたら、ぼくを愛してくれていたのかもしれない。

ぼくと同じで、その感情の表現の仕方がわからなかっただけなのかもしれない。


けれど父は二年前に他界してしまい、もはや確かめることは不可能だった。

父とは、一度もちゃんと向き合い、話し合いをすることができなかった。

互いに相手が自分のことを嫌っている、もしくは興味がない、と思い込んでいただけだったのかもしれない。

誤解があるのなら、それを解くことができるまで、きちんと話し合いをするべきだった。

そうしたら、ぼくと父はもしかしたら、仲違いしたまま死に別れずにすんだかもしれなかった。



ぼくには友人と呼べる存在は誰一人いない。

愛情は、体を重ねることでなんとか感じることはできても、友情というものがぼくには本当にいまだに全くわからない。


10年以上共に暮らす、くまのぬいぐるみたちだけが、ぼくが唯一心を開くことのできる、空想のお友達だ。



生んでくれと頼んだわけでもないのに、わざわざ不妊治療までして産み落とされたこの世界は、ぼくにとって学校の勉強やスポーツ、人間関係、この世界で生きるということにまつわるすべてが何もかも難しく、何一つ人並みにできなかった。


義務教育の9年間はいじめられ続けた。


今思えばぼくはこの頃から、溜め込んで溜め込んで怒りを爆発させる、、、そういうこどもだった。


教師たちはぼくがいじめられていることを知りながら、けっして手を差しのべることはなかった。


ぼくが溜め込んだ怒りを爆発させて、相手を殴り付けると、教師たちは普段散々生徒たちに体罰をしているくせに、


たとえどんな理由があろうと、殴ったぼくが悪い


といい、ぼくがいじめられていたことは揉み消された。



ぼくは、同じ中学校からぼく以外にだれひとり行くことはないだろう高校を選び、三年間を教室の隅の席で文庫本を読んで過ごした。


ぼくの親はふたりとも、学歴にコンプレックスがあり、ぼくをどうしても大学に行かせたがっていた。


ぼくはその頃には、劣等感の塊になっていた。

社会に出ても、自分のような人間にできる仕事はないだろう。

決めつけではなく、自分の無力さをよくわかっていたから、両親が大学進学を勧めてくれたのは、本当にありがたかった。

偏差値が40でも入れる大学は、私立ならいくらでもあった。


大学には、最初の二年間ろくにいかず、留年が決まり、卒業するのに五年かかった。


数ヶ月程度経験したいくつかのアルバイトで、ぼくは自分が本当に学校だけでなく、どこにいっても、馬鹿にされ、役立たず呼ばわりされる人間だと思い知らされた。


社会に出るのが怖かった。


五年もかけて大学を卒業したあとは、一年間部屋に引きこもった。


その頃にはもう、ぼくは毎日のように死ぬことばかり考えていた。


友達や恋人がひとりもいなかったわけではなかった。

だけど、皆すぐにぼくから離れていった。


自分が出来損ないであるという劣等感だけでなく、誰からも必要とされていないという現実は、生きているどころか、息をするのも苦しく、ぼくは自分を、生まれてきてはいけなかった、生きていてはいけないと考えるようになった。


ちょうどその頃、世間ではぼくの生き写しのような連中が、死刑になりたくて無差別殺人をする、といった事件がたびたび起きていた。


皆が、死にたければ自分で死ね、人を巻き込むな、と言う中、ぼくには彼らの気持ちが痛いほどよくわかった。


自分で死ぬことすらできないから、そうする他に方法がなかったのだ。


ぼくが、彼らのようにならずにすんだのは、少なからずぼくを大切に思ってくれる女性がいてくれたからだった。


皆、結局ぼくのもとを去っていき、ぼくはそのたびに裏切られたと感じ、彼女たちを憎んだ。


すがりつき、泣きながら、どこにもいかないでくれ、と言っても、どうにもならなかった。


今ならわかる。

彼女たちはみんな、ぼくとの将来のことまで考えてくれていたのに、ぼくが彼女たちを先に裏切ったのだと。


ぼくは被害者ではなく、常に加害者だったのだと。



ぼくに親に愛された記憶がないのは、どうやらぼくが、大人の発達障害であることが原因なのかもしれなかった。


ぼくは以前から自分の脳にそのような障害があるのではないかと疑ってはいたが、こちらについては三年前にちゃんと医師の診断を受け、疑いではなく、間違いないことが判明していた。


その障害が、人間関係をはじめとするさまざまなものの妨げになり、いじめにつながり、鬱病や自律神経失調症に繋がり、そして今ではあくまで憶測の息をでないが、セックス依存症につながっていると思われる。



ぼくは一度も社会に必要とされぬまま、35歳になった。


そして、ぼくは、

この人と出会うために、ぼくは生まれてきただとか、

この人と家族になるために、これまでの人生があったのだと、

そんな風に思える、あるいは思い込もうとしていただけかもしれないが、そういう人に出会った。


この人のことだけはけっして裏切らないようにしよう、

そう誓い、人生ではじめて、本気で、全力で、仕事というものに向き合った。


正規雇用や貯金、結婚、

逃げ癖のついていた自分をふるいたたせるために、目標をいくつもつくり、36歳で生まれてはじめて正規雇用された。


だけど、ぼくは、それでも先に彼女を裏切ってしまっていたらしい。


ぼくは、本当にほしいものを手にいれることができず、そのための過程にすぎない肩書きやお金、そんなどうでもいいものだけが残った。


それを次の恋愛に繋げようと思った。


次こそは、、、と。


そして、今年の夏、ぼくはまたさらにひとりの女性を傷つけ、追い詰めた。


そして、ぼくは、ようやく理解した。


ぼくには、くまのぬいぐるみたちしかいないのだ。


ぼくと、くまのぬいぐるみたちは、どちらも被害者になることも、加害者になることもない。


最初から、答えはすぐそばにあった。

今までも、これからも、ぼくにはこの子たちしかいないのだ。


問題は、この子たちがずっとそばにいてくれるというのに、ぼくがそれに満足できないことにあった。


そのために、ぼくは、ぼくを大切に思ってくれた人たちを、犠牲にし続けてきた。


だから、ぼくは、、、


きっとぼくはまた、同じ過ちを繰り返す。


ぼくがこの39年間、感じ続けてきた世界の不条理、

ぼくもまたその世界の不条理の一端を担う存在でしかない。


ぼくはきっと、これからも被害者のふりをしながら、加害者であり続けていく。



本当に、生まれてきたことが間違いだった。


それ以外に、ぼくは答えを見いだすことができない。


それでも、ぼくは生きていかなければならない。



ももか、ぼくは、君に出会えた、、、いや、君の存在を知ることができたから、ぼくが20年前にインターネットに最初に発表した作品の、20年後を書こうと思えた。

この20年間の集大成として、そして、ぼくの最後の作品になったとしても悔いのないようなものが書けたという自負がある。

ぼくは、ぼくと君だけのために、前編にあたる部分を書き、

そして、後編にあたる部分は、ぼくのためだけに書いた。


ゆりか、ぼくは、君がうらやましい。

アリス、ぼくは、君のように生きたかった。


そして、小久保晴美へ


君の56億7000万回目の物語は、すでに昨年動画投稿サイトにて公開した作品で、幸せな結末を迎えている。

だから、君はいずれ、その無限に続く地獄から解放される。


願わくば、君のモデルとなったあの女性が、君のように世界の不条理から解放され、幸せな人生を歩んでくれることを、ぼくは切に願う。

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