2020/10/12~18

     2020年10月12日、月曜日。


「神や匣の存在に踊らされてきたこの星の人類と違い、ひとつひとつの文明が高度な科学技術を持ち、法律や倫理、文化、学問、芸術、、、あらゆる分野において、私たち人類よりも遥か高いステージに存在が、なぜ戦争などという愚かな行為を、何千年何万年も続けていたのかはわからないけれど、、、


この星が存在する太陽系や、太陽系が存在する天の川銀河から、遥か遠くの宇宙で星間戦争を繰り返していた、、、


それぞれの同盟の戦力は拮抗していたの、、、


あるとき、その三つ巴の戦争に、第四の勢力が突然参戦してきたの。


たったひとつの文明が、他の三つの勢力、68の文明を相手にできるだけの力を持っていたそうよ」



「それが、、、グレート・アトラクター?」



「そう、、、そして、グレート・アトラクターに、すべての文明は滅ぼされた、、、


この星に、もしかしたら、この星だけでなく、どこか遠い遠い宇宙の星々にも、、、匣をもたらした古代宇宙飛行士たちは皆、グレート・アトラクターに滅ぼされたそれぞれの文明のわずかに生き残った人たち、、、


いつの日か、グレート・アトラクターに対抗することができるだけの存在になるように、、、


それが彼らの、匣の願い。


けれど、グレート・アトラクターもまた、古代宇宙飛行士たちを、匣を追いかけた。

なぜ、プルフラスを4つに分けたのか、あるいはプルフラス自らが4つに分かれたのか、、、

それも、わからないし、知るすべももはやないけれど、、、


はるか遠い宇宙で起きていた戦争は、この星に舞台を移し、そして数千年の時を経て、今、ここに、すべての匣が揃った、、、」



「なんだか不思議ね、、、

いくつもの銀河をまたいで行われていた戦争が、この星に舞台を移しただけじゃなくて、最後にはこんな小さな島国の、マンションの一部屋に舞台を移してるなんて、、、」


アリスちゃんの言う通り、それは本当に不思議なことでした。


「ゆりかちゃん、あなたがもし、私が隠し持っている三つの匣、ウァサゴ、セーレ、ダンタリオンをその体に取り込むのなら、、、


その瞬間、アリスちゃんと私は、あなたの敵になるわ。


アリスちゃんや私がどれだけの数の匣を所持していようと、あなたにとって私たちは虫けらも同然の存在、、、


私たちはあなたに触れることさえできないまま、ゆりかちゃんの中に存在するプルフラス以外のすべての匣とともに、おそらく消滅させられてしまう。


あなたは、この世界の女王になる、、、


あなたは、プルフラスそのものとなり、全宇宙はグレート・アトラクターのものとなる、、、」



「わたしは、、、ゆりかは、そんなこと望んでません、、、

ゆりかはただお父様と、お母様と、ももかと、雪侍さんと、、、ううん、ももかの大好きなお兄ちゃんと、晴美さんとアリスちゃんと、ずっと一緒にいたいだけ、、、」



「それが叶わない願いだということは、ゆりかちゃんもわかってるわよね?」


ゆりかは、黙って頷きました。


「匣は、すべて破壊しなければ、お父様が望む世界は、作れないから、、、」



「ゆりかちゃん、、、私はあなたから夢や希望、生きる理由を奪ってしまうのがこわくて、實原あなたに言わないでいた大事なことがあるの、、、」



「、、、匣をすべて壊したら、ゆりかの中の匣を壊してもらったら、お父様を構成する一部であるアンドロがいなくなって、お父様もいなくなっちゃう、、、んだよね、、、?

なんとなく気づいてたよ、、、」



「、、、そう、気づいていたのね。

ゆりかちゃん、、、あなたは自分の命を犠牲にしてまでして、体の中の匣を壊しても、それは同時に佐久間弘幸の命を奪うことにしかならない。

あなたとお父さんが望み創ろうとしている新しい世界は、永遠に創られることはない、、、」



「晴美さん、、、ゆりかはどうしたらいいの?

前にアリスちゃんが話してくれた、アリスちゃんがゆりかの細胞と、すべての匣の情報のコピーを手にいれたらって話は?」



「わたしが変えられることができるのはこの世界じゃない、、、

ゆりか、あなたにはあのとき、ちゃんとそう話したわよね?

わたしがこの世界に匣がひとつももたらされることがないように歴史を変えても、タイムパラドクスが起きて、歴史を変えたこと自体がなかったことになり、わたしはそのことすら気づかないまま永遠に歴史を変えることを繰り返す、、、

あるいは、わたしが歴史を変えた時点で、この世界が歩んできた歴史はそのままに、まったく別の世界が生まれるだけ、、、」



「ゆりかちゃん、この世界はもう、ゆりかちゃんの望むようにはならないの。

それはもう、誰にも、どうにもできないことなの。

唯一の救いは、私たち三人が匣をすべて所持していることだけ、、、」


「わたしたちが今ここで互いに殺しあい、匣をすべて破壊すれば、少なくとも人類は匣の支配から解放される。

人はようやく、自らの意思で選択し、新しい世界の歴史を歩んでいくことができる。

わたしも、ゆりかも、晴美も、ゆりかのパパもいなくなるけど、ゆりかのママと妹と雪侍は、人が自らの意思で選択し、新しい世界の歴史を歩んでいってくれる、、、」



「ゆりかは、ももかや、お母様や、雪待さんのために生まれてきたわけじゃない!

お父様のためにうまれてきたの!

それなのに、どうして、ももかのために犠牲にならなきゃいけないの!?」



「ようやく、本音が言えるようになったみたいよ、晴美」



「そうみたいね、、、ね、ゆりかちゃん、ゆりかちゃんのお父さんが変えたいと願い続けてきたのは何?」




世界の不条理。


あ、そっか。これが、世界の不条理なんだ。


ずっといい子のままでいたら、損をする世界。


損をするだけならいい。


でも、このままいい子でいつづけたら、ゆりかは、何もかも失っちゃう。



「ゆりかちゃん、、、もういい子でいつづける必要なんてないのよ。

あなたは、あなたのしたいことを、したいようにしたらいいの。

わがままになっていいの」



わかったよ、晴美さん、世界の不条理は、本当は匣のせいじゃないんだね。


わかったよ、アリスちゃん、答えはものすごく簡単だったんだね。



ゆりかがしたいことを、したいようにする、、、

わがままになってよかったんだ。


そうするだけで、少なくともゆりかは、世界の不条理から抜け出せる。



考え方を、生き方を変える。


それが、世界の不条理から抜け出す唯一の方法だったんだ。




     2020年10月13日、


いつもいい子でいつづけたら、損をする。

だから、いい子でいつづけなくてもいい。


世界の一番の不条理は、真面目な人が損をして、正直な人が馬鹿を見ること。


世界を変える必要なんかなかった。


ゆりかの考え方ひとつで世界は変わる。


ゆりかがしたいことを、したいように、していいんだ。


世界や誰かのために自分が犠牲になる必要なんてなかったんだ。



「ゆりかは生きたい。

ようやく、パパが元のパパに戻ってくれたの。

ママが記憶を取り戻してくれたの。

ももかと9年も離ればなれだったのに、ようやく一緒に暮らせるようになったのに、少ししか一緒にいられなかった。

パパと、ママと、ももかと、ももかのお兄ちゃんと、ゆりかはこれから、やっと、ようやく、本当の家族になれるの。

だから、ゆりかは生きたいよ。

晴美さんのことも、アリスちゃんのことも好き。大好き。

だから、ふたりともっとなかよくなりたい。

ふたりにも生きていてほしい」


ゆりかは、晴美さんとアリスちゃんに、ゆりかの素直な気持ち、本音をすべて吐き出しました。


「お姉ちゃんは大変ね」


晴美さんは言いました。


「人は、まだ小さなこどもでも、妹や弟が生まれた瞬間から、お姉ちゃんやお兄ちゃんになってしまって、ずっとお姉ちゃんやお兄ちゃんでいつづけなきゃいけなくなってしまう」


「わたしは、遺伝子操作によって産み出されたこどもだから、パパもママも誰だかわからないし、兄弟、姉妹もいないし、家族ってものもよくわからないけど、、、

わたしは天才でいなければいけなかった。

自分が与えられた役割を、小さなころから必死で演じてきた。だから、ゆりかの気持ち、わかるよ」



わたしたちは、わたしたちがしたいことを、したいようにしよう。


ゆりかとアリスちゃんと晴美さんはそう決めました。


「匣は、すべて破壊する。

わたしやゆりかや晴美の中にあるもの以外はすべて。

わたしたちは、それぞれ、匣と共に生きていく。それでいいよね?」


アリスちゃんの言葉にゆりかはうなづき、そして、、、


「わたしの体の中には、あなたたち2人が持つ、2つの匣以外のすべての匣があるのだけれど、、、」


晴美さんは言いました。


アリスちゃんは、あわてて旅行鞄を開きました。


「嘘!? 全部なくなってる!!」


「晴美さん、どういうこと?」


ゆりかは晴美さんに向かって言いました。


「さっき、みんなで決めたでしょ?

わたしたちは、わたしたちがしたいことを、したいようにしよう、って。

だから、わたしは、わたしのしたいようにしただけよ?

アリスちゃんの中の匣は、どうでもいいわ。

でも、ゆりかちゃんの中の匣が、わたしにはどうしても必要なの。プルフラスの、グレート・アトラクターの力が」



だから、お願い、ゆりかちゃん、

私のために、死んでくれる?




     2020年10月14日、


「だから、ゆりかちゃん、私のために死んでくれる?」


晴美さんはそう言うと、右手の親指を噛みました。

指の、指紋のあるところから、血が滲みはじめ、手相の線をたどって、やがて手のひらに真っ赤な血だまりができました。


手のひらの上の血たまりは、晴美さんの右手を、まるでテレビの変身ヒーローのようにし、そして、次は腕を、肩を、胸を、背中を、、、やがて、全身を包み込みました。


「どうかしら? 私の強化外骨格(パワードスーツ)は」


それは、以前、晴美さんや雪待さんが、千のコスモの会の本部施設の中枢、神降ろしの儀式の間に向かったときや、某国をたったふたりで滅亡させたときに着ていた、ソーシャルディスタンススーツによく似ていました。


確か、その素材は、千のコスモの会の本部施設が存在した、今はもうこの国の地図から消えてしまったN市八十三町で、晴美さんが発見したという特殊な金属で作られていた、、、そんな風に聞いた覚えがありました。



「私はね、今となっては、揉み消されてしまって、世紀の大発見ですらなくなってしまったけれど、、、

聖書における大洪水とノアの方舟以前の、千年の寿命を持っていた人が持っていた千年細胞だけじゃなく、千のコスモの会の科学技術顧問として雇われた直後に、神の金属と呼ばれるものまで発見してしまったの」


神の、金属、、、?


「ヒヒイロカネと呼ばれる、この国の神話に登場する神の金属、、、

正確には、神の金属の元となる鉄分なのだけれど」


ゆりかには、晴美さんが何を言っているのか、まるでわかりませんでした。


「あの小さな町の土の中に含まれる鉄分は、あの町以外には、世界のどこにも存在しない、特殊な鉄分だったの。


私がそれに気づいたのは、あの町で、ヒトに感染した場合、風邪を含む呼吸器感染症を引き起こす、オルトコロナウイルス亜科に属するアルファからベータ、ガンマ、デルタ、4つのコロナウィルスから、SARSやMERSのような致死性を持つウィルスの研究をはじめたばかりの頃だった。


きれいなのよ、コロナウィルスって。

ギリシャ語で王冠を意味する名前の通り、顕微鏡でずっと眺めていたいくらい、本当にきれいなの。

眺めているだけで、幸せな気持ちにさせてくれる、、、白馬に乗った王子様が私を迎えにきてくれるような気にさせてくれるの。


話が脱線しちゃって、ごめんなさいね。


私はその頃にはもう千年細胞の持ち主だった。

王冠を何千個何万個何十万個と見ているうちに、わたしはきっと、この世界に汚されてしまう前の、何一つ汚れを知らない、物心ついたばかりの頃のわたしになっていたの。


私に与えられた小さな研究所の近くには、小さな公園があって、砂場があった。

わたしは、なぜだか急に砂遊びがしたくなって、王冠をいくつも作って遊んだの。


そのときに、わたしの指の、小さな傷口から入り込んだ砂の中の鉄分が、千年細胞を持つ私の体に流れる血とまざりあった。

わたしの体に流れる血液は、私の脳が発する微弱な電流でいくらでも形状を変えることができ、その形状を記憶する液体金属になった。


わたしは、後にカーズウィルスと呼ばれるようになる、SARSやMERSよりもはるかに致死性の高いウィルスの研究と並行して、この体に流れる液体金属について研究をはじめた、、、」


晴美さんが何を言っているのかわからないんじゃなかった。

晴美さんは、ゆりかやアリスちゃんに説明しているようで、その目はずっと遠くを見ていた。

ゆりかやアリスちゃんに、話しかけているわけじゃなかった。


「私は、私の体に流れる、神の金属となった血で、どんなものでも設計図さえあれば、作り出すことができるようになった。

千のコスモの会で、匣の存在を知ったとき、私はその匣の持つオーバーテクノロジーを、すべてこの血液だけで再現することができた。

そして私は、グレート・アトラクターの存在を知り、さらに古代宇宙飛行士たちが、宇宙船を必要とせず、単独で宇宙空間を航行し、大気圏への突入にさえ耐えられる強化外骨格を作り出すことに成功した。


それが、この強化外骨格、、、


禍津九頭龍獄(まがつくずりゅうごく)」



晴美さんは、もう、ゆりかやアリスちゃんが知る彼女ではありませんでした。


彼女は、話しながら、禍津九頭龍獄の形状を変化させつづけていました。


肩や肘、膝から、何本も腕が生え、背中には羽根のない骨だけの翼のようなものがいくつも生えていきました。

それぞれの腕が、その手から様々な武器を生み出して、、、


「晴美、、、あんたのことがわたしはずっと心配だった」


アリスちゃんが言いました。


「あんたは、私と同じで心にものすごく深い闇を抱えてる、、、それを悟られないように道化を演じて、道化を演じれば演じるほど、闇はもっと深くなっていく、、、」


「わたしのこと、何もしらないくせに、、、わかったようなこといわないでくれるかしら?」


晴美さんの顔は、仮面に隠れて見えませんでしたが、その声は、ゆりかが聞いたこともないようなほど冷たく、、、そして、まるで井戸の底から聞こえてくるかのように遠くて、、、

彼女がアリスちゃんに対して敵意や殺意をむき出しにしているのがわかりました。


「ゆりかの持つ匣さえ手に入ればいいと思っていたけど、やっぱりアリスの匣ももらうわ。

だって、わたし、今、アリスを切り刻みたくて仕方がないんだもの」



結局、世界は、不条理なまま。


いくら考え方を変えても、世界が変わった気がしただけ。



ゆりかの目の前で、アリスちゃんは死んでしまわない程度に切り刻まれ、生きたまま頭を割られ、脳を引きずりだされました。


はじめて実物を見る脳は、ぶよぶよしていて、色もなんだか気持ちが悪くて、、、

でも、ゆりかはそれから目を離すことができなくて、、、


晴美さんは、無数に生えた腕の手のひとつ、五本の指先から手術で使う道具を生やして、アリスちゃんの脳を、まるでおいしいプリンを底にあるシロップと混ぜるように、ぐちゃぐちゃにかき混ぜました。


そして、匣を見つけると、表情がわからないはずの仮面が、ゆりかには笑ったように見えました。




     2020年10月15日、


ぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、もうどんな形をしていたかさえ、わからなくなってしまったアリスちゃんの脳から取り出された匣を、晴美さんは禍津九頭龍獄という名前の強化外骨格の中に、その中の晴美さんの体の中に取り込みました。



「ねぇ、秋月くん、私ね、また、たくさん賢くなったみたい、、、


大学で秋月くんに出会って、、、秋月くんのおかげで、私は科学者になろうと思った。


あの頃の私は、秋月くんの後ろをついていくのが精一杯で、、、でもいつか、並んで歩きたいって、ずっと思ってた。


秋月くんは優しいから、私の気持ちに気づいてから、私に歩みを合わせてくれるようになったけれど、私が望んでたことはそうじゃなくて、、、


私は早く科学者として秋月くんに追い付きたかった。

秋月くんに認められる科学者になりたかった、、、


ふたりで千年細胞を見つけて、論文を書き始めて、、、論文を発表したら結婚しようって、まだ付き合ってもいなかったのに、婚約指輪の箱を開けて、、、箱? 違うよ、秋月くん、私は匣をまたひとつ開けたの、、、


秋月くんが選んでくれた指輪を、秋月くんが私の指にはめてくれて、プロポーズをしてくれて、、、あのとき、私は、、、あのときの私は本当に本当に幸せで、、、


秋月くん、ねぇ、私、秋月くんに追い付けたんだよね、、、?

秋月くんに認められる科学者になれたんだよね、、、?


ちがうの?なんで、私が科学者をやめなきゃいけないの?私は秋月くんが帰ってくるのを待ってるだけの生活なんていや、、、

どうして私を認めてくれないの?

私、頑張ったよ、、、一生懸命頑張ったよ、、、?


私を好きだって、言ってくれたのは、うれしいよ?

私と結婚したいって思ってくれて、、、すごくうれしいよ?


でも、私はそれよりも、秋月くんに科学者として認められたかった、、、


だから、私ね、秋月くんがいなくなっちゃってからも、たくさんたくさん勉強したんだよ?研究したんだよ?


、、、秋月くん、私はいつになったら秋月くんに認めてもらえるの?」



アリスちゃんの脳から無理矢理かきだした匣を取り込んでから、晴美さんはずっと亡くなった恋人の名前を呼び続けていました。



「、、、ったく、なにこのメンヘラ。こっそり、ゆりかの髪の毛を何本か抜いておいて、よかったわ」


もう聞こえるはずのない声が聞こえて、ゆりかが晴美さんから目を離すと、体中を切り刻まれたアリスちゃんのふたつの手が、割られた頭にぐちゃぐちゃになった脳を入れていました。


「まさか、、、アリスちゃん、、、?生きてるの、、、?」


「、、、ゆりか、どうやら、そうみたい、、、アルテミス細胞ってすごいのね、、、こんな風になっても、こんなにぐちゃぐちゃでも、ちゃんと自分で、体をどうにかもとに戻そうとできるなんて、、、めちゃくちゃ痛いけど、、、」


アリスちゃんの頬骨のあたりで、真っ二つにされた顔、、、その下の方、唇があるほうが、上の方に脳を押し込みながら言いました。


「ねぇ、ゆりか、とりあえず、わたしの顔をくっつけてくれる?それから、わたしの体、今、どれくらいバラバラ?

数えきれないくらい?

数えるのが面倒とか、気持ちが悪いとかじゃないでしょうね、、、まあ、いいわ、ゆりか、パズルは得意?ちょっと手伝って。そこのメンヘラが正気に戻る前に、体を元に戻さないと、、、」



ゆりか、あんたじゃ、そのメンヘラは殺せない。ゆりかは優しすぎるから。

だから、わたしが、なんとかするから、、、



なんで、、、?どうして、アリスちゃん、、、



、、、どうしてって、そんなの考えなくてもわかるでしょ?




わたしは、ゆりかと生きていきたいの。

晴美を、あの苦しみから解放してあげたいの。

わたしも、ゆりかと晴美が大好きだから。



「だから、ごめんね、晴美」




     2020年10月16日、


アリスちゃんは、晴美さんに切り刻まれた体をゆりかといっしょに元に戻すと、繋ぎ目も一切残らないほど、体はきれいに修復していました。


「晴美、、、あんたはわたしがアルテミス細胞を持っていることを知っていた、、、。

だからさっき、わたしを切り刻んで、匣を探して脳をぐちゃぐちゃかきまぜながら、わたしの体に大事な贈り物をくれたのよね、、、」


アリスちゃんは、晴美さんのように親指を噛み、血をにじませると、


「あんたはヒヒイロカネをくれただけじゃなく、その使い方、、、あんたの殺し方まで教えてくれた、、、」


手のひらに血だまりをつくり、強化外骨格を体にまといました。


「これが、わたしの八十三式強化外骨格、天津九頭龍極(あまつくずりゅうごく)。

ゆりかとあんたがくれた、アルテミス細胞とヒヒイロカネで、わたしがあんたをその地獄のような絶望から解放してあげるわ」


よく見ると、アリスちゃんの天津九頭龍極の背中には、いつも彼女が抱きかかえているうさぎのぬいぐるみも同じように強化外骨格を身にまとっていました。


アリスちゃんはそれに気づいているのかいないのか、、、

でも、背中に何か重いものがあるのは、わかっていたようで、、、


「そして、これが、わたしの武器!

名前はまだ決めてないけど!!」


背中のうさぎのぬいぐるみ(強化外骨格仕様)を振りかざして、


「え!? デビッド? 名前あったー!?」


そのうさぎに、名前がついていたことに逆にびっくりだよ!


こんなときにすごく不謹慎だと思うけど、なんだかそれがゆりかにはとてもおかしくて、思わず笑ってしまいました。


「そっか、、、デビッド・シルバー・ブライアン・オースティン・グリーン・90210、、、

あんたもいっしょにたたかってくれるんだね、、、」


長い名前だなぁ、、、シルバーにグリーン、ふたつ色が入ってるし、、、90210って、まさか、あと他に90219匹いるのかな、、、


デビッド・シルバー・ブライアン・オースティン・グリーン・90210は、うさぎの特徴的な耳を残したまま、剣の形に変形しました。

それは、柄の部分が銃のようになっており、引き金をひくこともできるようでした。

刀身は、長く太く、アリスちゃんの身長ほどありました。


「名付けて、ガンブレード合体剣!スコール・クラウド!!」


たぶん、それはアリスちゃんが大好きな日本のアニメかゲームを元にしていて、普段なら晴美さんがきっとツッコんでくれていたところだけど、彼女はまだ亡くなった恋人に話しかけていて、、、

もしかしたら、そういうふりを、しているだけなのかもしれなかったけど、、、

まさか、ゆりかにその役が、こんなときにまわってくるなんて、、、


「ゆりか、お願いがあるの」


アリスちゃんが急に真面目な声で言いました。


「ゆりかは世間知らずな上に、ダブル・ミーニングな意味で箱入り娘だけど、本とかはたくさん読んできたよね」


真面目な話なんだよね?アリスちゃん、これ。ダブル・ミーニングな意味で箱入り娘とか、ミーニングと意味で、意味がかぶってる上に、超ディスられてるんだけど、真面目な話をしようとしてるんだよね?信じていいんだよね。


「名作と呼ばれるものには、人生で一度は言ってみたい台詞があるよね?Yahooチャット万歳!とか、三重No.2のYouTuberなめんなよ!とか」


やっぱり、全然真面目な話じゃなかった、、、




     2020年10月16日、


アリスちゃんは、きっと、これからゆりかの目の前で、晴美さんを、匣を破壊しないといけないことに悩んでる。


どうしたって、悲しい結果にしかならないから、少しでもゆりかの悲しみが減ってくれたらとか、そんなことを考えてくれていて、わざとふざけているふりをしているのがわかりました。


アリスちゃんの方が、ゆりかよりもずっと悲しくて、ずっとつらい思いをするくせに、、、


ゆりかがそんなことを考えていると、


「晴美が今あんなだから、わたしが人生で一度でいいからやってみたいシーン、いっしょに再現してくれない?」


アリスちゃんは言いました。


人生で一度でいいから言ってみたい台詞の話をしてたのに、いつの間にか再現したいシーンに難易度が上がってるんだけど、、、?

アリスちゃん、ゆりかが考えてること間違ってないよね?

本気でふざけてるわけじゃないよね?


「いい? ゆりかは、晴美の代役で、役名はセフィ□スだから。

クールっていうか、なんていうのかぁ、冷めてるって言うよりは、諦めてる、誰にも期待してない、そんな人。

でも、そんな彼がたったひとりだけ、執着してる相手がわたし。

ゆりかは、どうせこいつも、他の人間たちと一緒なんだろうなって思いつつも、どこかでわたしに期待してて、成長を楽しみにしてる、そんな役よ。

すごく難しい役柄だけど、ゆりかならできるから、うん、たぶん」


アリスちゃん!? その演技指導、今ほんとに今いる??


「大事なことよ。

ゆりかは、晴美が立っている場所にいるつもりで、


『お前の一番大切なものを奪う権利を、わたしにくれないか』


そう言って。

でも、ゆりかは本気でそんなことをするつもりは全然ないの。

今はまだ、自分よりはるかに弱いけれど、潜在能力がまだまだ未知数なわたしをわざと怒らせて、今のわたしの実力以上の力を引き出そうとするように」


「、、、できないよ」


ゆりかは言いました。


「ゆりかは、演技なんてしたことないし、できないよ、、、

アリスちゃん、今の状況考えてよ、、、

おふざけなんかしてる場合じゃないんだよ、、、?

晴美さん、あんなに風になるまでずっとずっと、苦しんでたんだよ、、、?」


「だからよ!!」


アリスちゃんは、涙を堪えながら叫びました。


「ゆりかに言われなくても、わかってる、、、

これ以上、晴美に苦しい思いをしてほしくない、、、

だから、絶対に、痛みを感じる暇も与えないくらいに、楽にしてあげたいの、、、だから、お願い、、、」


泣きながらそう話すアリスちゃんを見て、本当にこの子はどこまでがおふざけで、どこまでが真剣なのか、わからないな、と思いました。


ゆりかも涙を堪えるので必死で、


『お前の一番大切なものを奪う権利を、わたしにくれないか』


結局、泣きながら、短い台詞なのに、何度もかんで、鼻をすすって言いました。



『あんたは何もわかっちゃいない。

大切じゃないものなんて、ない』



アリスちゃんもぼろぼろと涙をこぼし、鼻をすすりながら、そう言って、大きな剣を振りかざして、晴美さんの体に向かって振り下ろしました。




     ????年??月??日、


「やれやれ、これで何度目かな、、、」


そんな声が聞こえて、私は目を覚ました。


私は、、、誰?

どれだけ眠っていたら、自分が誰かわからなくなるのだろう?


自分が誰なのかわからないだけでなく、ここがどこかもわからない。


そこは、その空間すべてが、騙し絵のような場所だった。


「目が覚めたかい?晴美」


ああ、そうだ、私は小久保晴美だ、、、


そして、私はこの声をよく知っている、、、


「、、、おひさしぶりね、秋月くん、元気だった?」


「そんなにひさしぶりでもないさ。

ここには時間という概念がないからね。

君とは、さっき別れたばかり」


彼は秋月蓮司。

私の尊敬する人。大好きな人。


私はこの人のために、小久保晴美としての人生を、数えきれないほど繰り返している。


『そうだ、これで56億6999万9998回目になる』


「そう、私はそんなにも人生を繰り返しておきながら、いまだグレートアトラクターどころか、プルフラスにたどりつけないでいるのね」


「今回は、君は本当によくやったと思う。

過去にも君が、千年細胞やヒヒイロカネ、八十三式強化外骨格、そして匣を手に入れたことはあった。


君がもし、人生を繰り返す度にその記憶がリセットされていたら、、、

56億6999万9998回のうち、九分九厘は、君は匣どころか、千年細胞すら手に入れられないまま、ここに帰ってきていただろう。

だが、君は人生をやり直す度に、新たな記憶を得、次の人生に活かすことを繰り返してきた。

そして、先の人生では、71の匣を手にした。

本当に、あと一歩というところだった」


「、、、そうね。一回一回の人生がわずか三十数年とはいえ、宇宙のはじまりからあの星の暦でいう2020年まで、およそ158億年、、、

私はその20倍近い年月を生きてきたというのに、私の中には、まだ甘さがあるのよ。私は人であることを、いまだに捨てられないでいる」


「それが君の良いところであり、同時に悪いところでもある、、、」


「悪いところでしかないわ、、、私は秋月くんをずっとこんなところで待たせているのだから、、、」


「晴美、君はわすれてしまったのかい?

ぼくは待つのは別に苦じゃない、、、そうだったろ、、、?

それに、さっきも言ったように、ここには時間という概念自体がない。

空間そのものが騙し絵のようなここでは、時間ですら騙されているのだから、、、」


「それでも、私は秋月くんを待たせてるのがつらいの。

あなたを一分一秒でも早く、グレート・アトラクターへ連れていきたい」


「大丈夫だよ。

ぼくたちには、まだ二回も、やり直すことが許されている」



「秋月くん、私ね」




「もう、甘さは捨てるわ。人であることをやめる、、、」



私がそう言うと、秋月くんは少し寂しそうな顔をした。


私にはその意味がよくわからなかった。






そして私は、甘さを捨て、人であることを捨てても、またここに戻ってきて、


そのとき、秋月くんは、


もう、ここにはいなかった。



そして、最後の人生が始まるとき、私は、、、



to be contened...




     2020年10月17日、


アリスちゃんが振り下ろした剣は、晴美さんの体を禍津九頭龍獄こと真っ二つにしました。


晴美さんは、真っ二つに切り裂かれたことに気づいているのかいないのか、


「秋月くん、、、ごめんなさい。私はまただめだったみたい。あと一個だったのに、、、」


亡くなった恋人に話しかけていました。


そんな彼女の意思とは関係なく、噴き出した血液、神の液体金属ヒヒイロカネが、彼女の体と禍津九頭龍獄をもとに戻そうとしていました。


まるで、身体中を切り刻まれ、脳をかきだされた後のアリスちゃんのときのように。


「晴美さん! もうやめて!!」


ゆりかは泣きながら叫んでいました。


「アリスちゃんは、晴美さんを楽にしてあげようとしてるだけなの、、、だから、、、」


だから、もうやめて、晴美さん、、、これ以上、アリスちゃんに晴美さんを傷つけさせないで、、、


「ゆりか、、、無駄だよ、、、

 晴美はもう、そこにはいないんだよ、、、たぶん、、、

 それはもう、千年細胞やヒヒイロカネ、それから匣でできた、、、ただの肉の塊、、、晴美の体の元の形を記憶していて、それが崩れれば再生を繰り返すだけ、、、」


アリスちゃんは、大剣を晴美さんに向けて、銃のような形をした柄の引き金を引きました。


「でもね、ゆりか、いくら千年細胞だって、細胞分裂できる回数の限度が絶対にある、、、」


アリスちゃんの持つ大剣は、それ自体が、晴美さんの体を強化外骨格ごと真っ二つに切り裂くほどの切れ味を持っていました。

ですが、その刀身は、あくまでその中に納められた複数の剣を納めるための、機械仕掛けの鞘でしかなかったのです。


アリスちゃんが引き金を引く度に、クレイモアやツヴァイヘンダー、ロングソード、レイピア、グラディウス、ファルカタ、ショーテル、カットラス、サーベル、マインゴーシュ、パリングダガー、フランシスカ、フランベルジュ、コピス、、、大小様々な剣が飛び出していきました。


アリスちゃんは、晴美さんと同じように、強化外骨格の片腕を次々と枝分かれさせ、枝分かれした腕がさらに枝分かれし、何本もの剣を握りました。


そして、すべての剣が機械仕掛けの鞘から排出されると、それはソードブレイカーと呼ばれる峰の部分に凹凸があり、相手の剣を凹凸にかませて折ることができる剣になりました。


「ゆりか、、、」


アリスちゃんはゆりかの名前を呼ぶと、


「ゆりかは、目を瞑ってて。耳を塞いでて」


冷たく突き放すかのような声で、そう言いました。




     2020年10月18日、


アリスちゃんはゆりかの名前を呼ぶと、


「ゆりかは、目を瞑ってて。耳を塞いでて」


冷たく突き放すかのような声で、そう言いました。


「これから、わたしは、晴美にひどいことをたくさんする、、、

 何時間も、何十時間もかけて、晴美の体が、晴美の体に戻れなくなるまで、、、」


でも、最後には泣き出しそうな声でそう言いました。


「ゆりかに、わたしのそんな姿、見られたくない。

 見られたら、きっとゆりかに嫌われちゃう」


ゆりかは、


「嫌わない」


短く、そう答えました。


「ゆりか、ちゃんと見てる。

だって、アリスちゃんは、本当はゆりかがしなくちゃいけないことを、ゆりかの代わりにしてくれてるんだもん」


それは、ゆりかの本心でした。


ゆりかに、アリスちゃんのような力があれば、、、

ゆりかが、アリスちゃんが気を遣わなくてもいいくらい、強い子だったら、、、


ううん、違う。


ゆりかが知ってるアリスちゃんは、そんなに強い子じゃない。

アリスちゃんの優しさに、ゆりかは甘えてるだけ。


「大好きな晴美に、、、こんなこと、、、わたし、したくない、、、」


アリスちゃんの幾重にも枝分かれした腕は、その瞬間枯れ木のように朽ち果てていきました。


膝から崩れ落ちるように、アリスちゃんは泣き崩れて、強化外骨格もまた、ぼろぼろと崩れ落ちていきました。



「アリスちゃん、ごめんね。

 ゆりかのために、つらい思いばかりさせちゃって」


ゆりかは、床に落ちた剣を拾いながら言いました。


「ゆりか、甘えてた。

 アリスちゃんにも、晴美さんにも、お父様にも、雪待さんにも、それから、お母様やももかにも、、、世界中の誰か、、、ううん、世界中のすべての人に甘えてた。

 ゆりかにだってできることを、いつも誰かに押し付けてた。

 ゆりかは、何にもしてこなかったから、誰かがいつも代わりにしてくれてたから、、、

 ゆりかが傷つかずにすむかわりに、誰かを傷つけてた」


「ゆりか、、、?」


「だめだよね、そんなの。

 そんなの、だめ。

 だって、今までゆりかが何もできないふりをして、ゆりかがしなきゃいけないことを誰かに押し付けてきたのは、、、」



お父様と、ゆりかが

変えたいと願っていた、

変えようとしていた、


世界の不条理、そのもの。



「そんなこと、ない!」


「そんなこと、あるんだよ」



ゆりかは、晴美さんの体に剣を突き立てました。

そして、床に落ちた剣を拾って、もう一度。



「ほら、アリスちゃん、ゆりかにもできるんだよ?」


ゆりかは次々と、晴美さんの体に剣を突き立てていきました。


「ゆりか、、、やめて、、、」


アリスちゃんが泣きながら、ゆりかの脚にしがみつきました。


「ううん、やめない」


ゆりかは、アリスちゃんをふりほどくこともせず、淡々と晴美さんの体に剣を突き立て続けました。


再生しようとうごめく箇所を見つけると、アリスちゃんがしがみついていない足で踏み潰して、、、


晴美さんの体が動かなくなるまで、ゆりかは続けました。



「アリスちゃん、、、ゆりかね、気づいたの。

やっぱり、匣は、全部この世界からなくさなきゃだめ。

だって、最後の匣をこのお腹の中にすまわせてるゆりかも、世界の不条理の一部だから」


「ちがう、そんなことない、ゆりかは悪くない。世界の不条理の一部なんかじゃ、、、」


「一部だよ。

アリスちゃん、、、ゆりかがいなくなると、お父様もたぶんいなくなる、、、

お母様やももかには、航さんがいてくれるから、、、きっと大丈夫。

だから、アリスちゃん、あなたが、お父様の変えたかった世界を変えて。お父様の作りたかった世界を作って」




それが、ゆりかの遺言でした。

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