2020/09/21~27

     2020年9月21日、


ゆりかとお父様がこの国でしなければいけなかったこと。


それはゆりかの体の中にある匣から、アンドロマリウスの代わりにゆりかの守護者となったお父様が、匣から情報を引き出すことでした。



匣の名を、ソロモン72柱の悪魔の名前を持つ守護者と同一とするなら、この星に最初にもたらされた匣は、バアル。


バアルは、人類に知恵を授けました。


次にもたらされた匣はアガレスとウァサゴ。


アガレスは博識で、バアルによって知恵を得た人類にさまざまな知識を授けました。


ウァサゴは、過去現在未来について知ることや、隠されたもの、失われたもの全てを見つけ出す能力を、素質を持つ者に与え、力を与えられた者がシャーマンとなったと思われます。シャーマンとは邪馬台国の女王卑弥呼のような存在です。


次にもたらされたガミジンは、ネクロマンシーという、死体や死者の魂を使った占いを行うネクロマンサーを産み出しました。

死体を使い、未来や過去を知るために死者を呼び出し、また情報を得るために一時的な生命を与えることもありました。

死者の魂を呼び出して聞き出す技術は「影占い」と呼ばれます。

古代ギリシアの詩人ホメーロスの作品ネクロマンシーは描かれています。それは影占いが常習的に行われている地域についてでした。


つまり、4つ目の匣がもたらされたのは、遅くとも古代ギリシア時代、ホーメロスが生きたとされる紀元前8世紀頃だということです。


五つ目の匣は、マルバス。

マルバスは、疫病をもたらす力とそれを治す力を持ち、工芸に関する優れた知識も有しており、人類に医学と工芸を授けました。


六つ目の匣、ウァレフォルは、人々を盗みに働くように誘惑し、泥棒を産み出しました。


七つ目の匣はアモン。

アモンは、お父様によれば、漫画『デビルマン』の主人公・不動明と合体した悪魔だそうです。

匣としての役割は不明ですが、アモンは、72柱の悪魔の中で最も強靭と言われ、高い戦闘能力を持つ者とされています。

もしかしたら、デビルマンのような存在が、古代に存在したかもしれない、とお父様は言いました。


八つ目の匣は、、、


「お父様? デビルマンの単行本をアマゾンで大人買いしてる場合じゃないです」


八つ目の匣の名は、バルバトス。

バルバトスは、いちかが生前にゆりかにお勧めしてくれたアニメに出てきたので、わかります。

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの主人公、三日月・オーガスが登場するガンダムタイプのモビルスーツで、、、三日月くんの兄貴分のオルガがすっごくかっこい、、、すみません、取り乱しました。

バルバトスは、動物の言葉を理解することが出来る能力を、素質のある人間に授けたとされています。


「あの、お父様? あと、64個の匣についても調べるんですか?ゆりか、ちょっともうお腹がいっぱいです」




     2020年9月22日、


世界規模のパンデミックにより、マクドナルド・トランペッター前大統領が急死してから、数ヶ月間不在のままだった合衆国大統領に新たに就任したのは、まだ14歳の女の子でした。


アリス・T・テレス。

ミドルネームのTは、テラーの頭文字で、英語で表記すると、Alice・Teller・Tellezとなるそうです。


ユダヤ系アメリカ人。

2005年11月15日生まれ。

ゆりかの妹のももかと同い年です。


プリンストン大学心理学部を12歳で首席卒業後、同大学院同学部を14歳で首席卒業。

本人の希望では、その後准教授となる予定だったそうです。


なぜ、いくら大学院を首席卒業するほどの天才とはいえ、まだ14歳の女の子が大統領に選ばれたというと、世界規模のパンデミックと世界中で起きた戦争により合衆国は混乱の最中にあり、これまでのような大統領選挙を行うことができず、合衆国の有するスーパーコンピュータの中で世界ランキングトップ10に入る五台が、合衆国民の中から最も大統領にふさわしい者を、遺伝子や学歴をはじめとする、あらゆるデータから選出した、ということでした。


長い金髪の、身長148センチの美少女で、手足は今にも折れそうなほど細く、なぜか左目に眼帯をしており、小さな唇を開くと、上下の歯に金属製の一般的にイメージされる矯正器具をつけていました。ちなみに左目も歯並びも別に悪くないそうで、ファッションの一部だそうです。

常に、ロリータファッションで、右目に眼帯をつけたうさぎのぬいぐるみを抱いて公の場に登場する、いわゆる中二病絶賛発病中の女の子でした。


プリンストン大学在学中に、客員教授である村上春樹の講義を受けたことがきっかけでハルキストになったことや、日本のアニメーションや特撮、特にロボットアニメと仮面ライダーが好きで、海洋堂のフィギュアの仏像のリボルテックシリーズを収集、、、

絵にかいたような親日家というよりはオタク全開の女の子でした。



「五台のスパコンが選んだとかもっともらしいことを言ってるけど、、、」


「ゆりかやお父様には、あれがあの子のそばに見えちゃうから、、、」


アリス・T・テレス大統領、って呼ぶのはなんだか似合わない気がするので、ゆりかは彼女のことは、アリスちゃんと呼ぶことにします。


アリスちゃんの傍らには、かつてゆりかのそばや、キュロ・ヒキカサのそばにいたような、機械仕掛けの守護者が見えていました。


「匣の所持者だから大統領に選ばれたのがバレバレだね」


お父様は、アンドロマリウスの持つ記憶から、正確にはそれはゆりかの体の中の匣に記録されているものでしたが、アリスちゃんのそばにいる守護者が何者かをすぐに調べました。



「アンドラス。

63番目にもたらされた匣の守護者だ」



そして、アリスちゃんは、大統領就任スピーチで、匣の存在を世界中に知らしめ、発見者には1億ドルの賞金を支払うことを宣言しました。




     2020年9月23日、


「わたしは、アリス・T・テレス。

本日付けで合衆国大統領に就任しました。


国民のみなさんはすでにご存知かとは思いますが、わたしはまだ14歳で、皆さんから見ればこどもです。

こんな小娘に大統領が務まるか、というお声がすでに上がっていることも、存じあげております。

わたしにも正直なところ、この大きな方舟の舵取りが務まるのか、不安しかありません。あ、この大きな方舟、というのは、この国のことです。


私の専門は心理学であり、政治についての知識は皆無といっても過言ではありません。というか、皆無です。わかんないです、なんにも。


しかし、我が国が有する、世界のトップ10に入る五台のスーパーコンピュータが、国民のみなさんすべての中から、遺伝子や来歴、話術、リーダーシップ、あらゆる情報をもとに、わたしを大統領に選びました。


スパコンに大統領を選ばせてしまって良いものなのか、、、そう思う方々も多くいらっしゃるかと思います。

アーノルド・シュワルツェネッガーの映画のように、あるいはキアヌ・リーブスの映画のように、ゆくゆくはコンピュータに世界を支配され人類は淘汰される、その第一歩ではないのかと、、、


ようやく収束を迎えつつある世界規模のパンデミックの最中に、マクドナルド・トランペッター前大統領が亡くなられ、我が国は大統領不在のまま数ヶ月を過ごしてきました。

同時に世界中で歴史的宗教的に遺恨のある国同士による戦争が起き、70億いた人類は、わずか一年にも満たない期間で十分の一にまで減りました。


さらには先日、パンデミックの第二派とも言える某国の滅亡があり、現在の我が国にはこれまでのようにゆっくりと時間をかけて大統領を選ぶ時間はありませんでした。


国民のみなさんが、心配するようなことは、あくまで映画の中の出来事にすぎません。起こりうるかもしれないことを映画にしたにすぎず、映画を作った人たちや観た人たちは、それを回避するための方法をすでにご存知のはず、、、


人がその尊厳を失わないかぎり、この星の王は人でありつづけます。

近い将来、大統領の選出は、国民のみなさんひとりひとりに、元通り委ねられることでしょう。

だから、みなさん、わずか数年の間だけ、わたしというびしょ、いえ、小娘を温かく見守ってください。



さて、みなさん、本日は、わたしの大統領就任よりも、みなさんにお伝えしなければいけないことがあります。


それは、この世界について、ごく一部の限られた者だけが知ることを許されていた、世界中の歴代の権力者たちが、数千年に渡り、ひた隠しにし続けてきた、この世界や我々人類の根源に関わるトップシークレットです。


この世界には、紀元前の時代から、太陽系の外、天の川銀河のさらに外に位置する外宇宙より、高度な科学技術を持つ数十の文明が、度々訪れては人類に叡知を授けてきたという事実がありました。


宇宙考古学、あるいは古代宇宙飛行士説と呼ばれ、オーパーツと呼ばれるものはすべてその高度な科学文明からの使者がもたらしたものです。


彼らは、人類にまず知恵を与え、そして知識を与え、シャーマニズムやネクロマンシーをはじめ、錬金術、蒸気機関、果ては核エネルギーまで、さまざまな叡知を授けてきました。


高度な科学文明からの使者たちは、わたしの小さくてかわいいかわいい手のひらに乗ってしまう大きさでありながら、我が国の有するスーパーコンピュータの記憶容量全台分を遥かに超える、超小型超大容量情報記憶端末を、この星に残していきました。


その数は70余り、すべて匣と呼ばれており、おそらくはわたしが今それを所持しているように、世界に残された71の国家の国家元首、あるいはそれに近しい権力者の元に存在しています。


人類の歴史は、戦争の歴史でした。

その戦争は、限られた数の匣の奪い合いであり、それぞれの戦争の理由はすべて、後の世にもっともらしい理由を後付けしたにすぎません。


わたしは、この国の大統領として、ここに、あらゆる戦争の根絶をみなさんに約束致します。

そのためには、、、


世界中のみなさん、わたしの声が聞こえていますでしょうか?


匣という存在があるがゆえに、人類は流さなくても良い血を流し、そして数えきれないほどの命を奪ってきました。


世界中からひとつ残らず匣がなくなれば、人類同士が争い続ける歴史に終止符を打てるのです。


匣を所持する世界各国の方々は、どうか今こそ匣を、この国に。

すべての匣が揃ったとき、わたしが神の名において、争いの火種にしかならない存在をすべて破壊することを約束します。


もちろん、ただで、とは言いません。

匣と引き換えに、1億ドルの支援の約束をここに宣言します」




     2020年9月24日、


合衆国新大統領、アリス・T・テレスのスピーチが世界同時生中継されてから一夜明け、合衆国には世界各国から次々と匣がヘリで輸送されてきていました。


お昼過ぎには、合衆国は23の国から匣をすでに受け取っていました。


アリスちゃんが所持者である匣もあわせれば、合衆国は世界中に存在する匣の三分の一にあたる24の匣を所持していることになります。


「まさか、こんな方法で匣を一日もかからずに集めるとはね、、、この大統領少女はもしかしたら天才かもしれないな、、、」


お父様は某国滅亡後の世界地図をパソコンで探し印刷すると、匣を手放した国々に次々と×印をつけていきました。


「国の存続が危ぶまれるような、危機的経済状況なのかもしれないが、こうも簡単に匣を手放すと、、、この大統領少女が匣をすべて破壊するとは限らないというのに、、、」


合衆国とアリスちゃんは、今ある23の匣、そのすべての所持者となり、同時にそのオーバーテクノロジーを引き出して、匣を手放した国々を攻撃することもできたのです。


「もしかしたら、今ある匣はすべて同盟関係にある文明によってもたらされたもので、匣の意思が自ら望んだことなのかもしれないが、、、」



そのとき、でした。


お父様が×印をつけていない国々から、数十、、、いえ、数百の大陸間弾道ミサイルが発射されました。


「お父様!? 核兵器は使えないはずじゃ、、、」


「核兵器じゃないんだろうね、、、核のように星を汚すことなく、核以上の破壊力を持つ何か、、、」


合衆国のすべての軍事基地は、ミサイル迎撃システムを作動し、太平洋側から、そして大西洋側からも迫るミサイルの、迎撃準備に入りました。


「何かがおかしい、、、何かが違う、、、」


お父様が、本来の大陸間弾道ミサイルと、今まさに合衆国に向けて発射されたミサイルの違いに気づいたとき、ミサイルの弾頭から、卵の殻を割るように悪魔が姿を現しました。


ミサイルは迎撃されましたが、弾頭から姿を現した悪魔たちは、次々と西海岸、東海岸に上陸しました。


「お父様、、、あれは何、、、?まるで世界中のいろんな神話に登場する悪魔、、、それだけじゃない、、、天使や神も、、、」


「残る46の匣のいずれかがもたらしたものだろうが、、、ミサイルはあくまで弾頭にある卵を運ぶ運搬手段に過ぎないということか、、、卵から孵化した神や天使や悪魔こそが兵器であり、合衆国の歴史上はじめて、その本土を攻められることになるとは、、、」


お父様は、ゆりかの体の中の匣から、


「混沌の種子、、、カオスシード、、、カオスシードから生まれる神や天使や悪魔、、、カオス、、、生命の樹セフィロトに咲く混沌の花と、実る混沌の果実、、、」


キーワードとなるような言葉をいくつか引き出すと、


「あらゆる神話の神や天使や悪魔は、匣をもたらした文明の中のうちのいくつかが産み出した生物兵器、、、そういうことか、、、」


神も天使も悪魔も、本当に存在していたのです。

ただし、神話に語られるような存在ではなく、生物兵器=カオスとしてですが。


カオスは見境なく、人々を殺し、喰らい、そしてそれを生中継していたテレビは、お花畑の映像に切り替えました。



合衆国と、大統領就任二日目のアリス・T・テレス、そして24の匣、、、その日、それらすべてが世界から失われました。




     2020年9月25日、


合衆国に集められた24の匣。

おそらく、それは、匣をもたらした文明が同盟関係にあったことを意味していました。


それを待っていたかのように、匣を破壊するべくミサイルを撃ちこんだ12の国。

この12の国、いえ、12の匣もまた同盟関係にあると思われました。


紀元前の時代、この星に72個もたらされた匣のうち、25個は失われ、残りは47個。


そのうちの12個の同盟関係が判明し、残り35個の匣が、どのような関係にあるのかはわかりませんが、12個の同盟は、残り35個の匣と敵対関係にあるのは間違いありません。


「今はまだ、こちらから行動を起こすことは避けよう。勝手に潰しあいをしてくれるはず、、、小久保晴美と棗雪待にも伝えておいてくれ」


ゆりかの体の中にある匣に、味方がいるのかいないのかすらまだわからない今は、お父様の言う通り、ゆりかたちが何か行動を起こすのは得策ではありませんでした。


そんなことよりも、ゆりかは、お父様が苦虫を噛み潰したような顔をしているのが、ずっと気になっていました。


お父様は、この世界から不条理をなくしたい、一部の権力者の身勝手で何の罪もない人々の命が奪われる世界を変えたいと願い続けてきました。


しかし、その一部の権力者さえ、簡単に命を奪われる、、、この世界は匣という存在に踊らされ支配されていたに過ぎないという事実に、お父様は絶望していたのです。


「お父様、、、」


ゆりかは、後ろからお父様を抱きしめました。


「心配いらないよ、ゆりかは本当に優しい子だね」


「何かの本で読んだことがあるんです。大丈夫じゃない人に限って、大丈夫?って聞かれたら、大丈夫って答えるそうです。大丈夫じゃないでしょう?心配いらないなんてことないんでしょう?」


「、、、うん」


お母様がどうしてお父様を愛し、ゆりかやももかを産んでくださったのか、、、ゆりかにはその気持ちがよくわかりました。

お父様のこどもを、ゆりかも産みたいと思いました。

ですが、それは、かなわない願いでした。


「匣をすべてこの世界からなくしましょう」


ゆりかは言いました。


「すべては無理だよ、だってゆりかの体の中には、、、」


「構いません。お父様の望む、お父様が創る世界の礎になれるのですから。それはゆりかにとって幸せなことです」


お父様は、ゆりかに向き直り、抱きしめ返してくださいました。

ぎゅっと強く、痛いくらいに。



「絶賛近親相姦ルートまっしぐらのところ申し訳ないんだけど、あなたたち、いつになったら、わたしがいることに気づいてくれるのかしら?」


突然、聞こえたその声に、ゆりかはあわててお父様から離れました。


「どっちが、アンドラスの言ってた、人類でもっとも神に近い細胞を持つ匣の所持者なのかしら?

、、、おじさんは、違うわね。ただの人間でもないようだけど。匣の守護者の力を感じる、、、なるほどなー、女の子の方が匣の所持者で、契約によって死んだおじさんを別の人間の体と守護者をベースに生き返ったってところかしら?」


その女の子は、ここにいるはずのない女の子、、、


「何をそんなに驚いているのかしら?」


だって、ここにいるはずがないどころか、その子は、、、


「まさか、あなたたち、わたしをしらないわけじゃないわよね?」


「死んだはずの匣の所持者がなぜここにいる?」



アリス・T・テレス



と、お父様はその女の子の名前を呼びました。




     2020年9月26日、


「なぜ、生きていたか、かぁ、、、いきなり難しいことを聞くわね、、、

凡人には理解できないかもしれないけれど、、、まあ、簡単に言えば、わたしくらいの天才だと、匣を一ヶ所に集めたらどうなるかくらい、簡単に予測できたから、ってところかしら?」


まるでアイドルの1日警察署長みたいに、任期二日目に国が滅びてしまった合衆国最後の大統領、アリス・T・テレスは言いました。


「つまり、テレビに映っていた君は、影武者かホログラムというわけか」


「助けてオビワン・ケノービの方よ」


ゆりかには、アリスちゃんの言葉の意味がよくわかりませんでしたが、あとでホログラムを指している有名な映画の台詞だとお父様に教えてもらいました。


「でも、さすがのわたしも、世界中の神話の神や天使や悪魔に襲われるのは予想外だったけどね」


アリスちゃんは、笑いながら


「あの国が滅びたことは事実よ。ミサイルに仕込まれたカオスシードから、カオスが孵化したことも。あの国の民がカオスに食い散らかされたことも」


楽しそうにそう言いました。


「君が生きているということは、合衆国に運ばれたすべての匣も?」


「えぇ、ちゃんと現存しているわ」


「この部屋には簡単には外部から侵入できないよう、厳重な鍵がかかっていたはずだが?」


「匣の力を使えばアバカムだったわ」


アバカム?


「あなた、ジャパニーズのくせに、ドラクエの呪文も知らないの?」


「会話の流れの中に、さらっとイージーカムイージーゴーみたいに差し込んできたから、ドット絵世代のぼくにもわからなかったが、、、」


イージーカムイージーゴー?


「あんた、ジャパニーズのくせに、TRFも知らないの?DJ.KOOさん知らないとか、どんだけ~?」


「すまないが、クールジャパンを好きすぎる君と世間知らずの箱入り娘のゆりかでは、そのやりとりが3日3晩続きそうだから、それくらいにしてくれ」


「ゆりかちゃんっていうのね、あなた。オッケーよ、おじさん。他にわたしに聞きたいことは?」


「何をしに来た?」


「、、、もう、そんなに警戒しなくてもいいのに。わたしは取引をしにきただけよ」


「取引?」


「そ、取引。

わたしはね、遺伝子操作によって生まれたの。

人類史上最高の遺伝子を持つ、匣に選ばれたこども。

だけど、匣が教えたの。

人類史上最高の、神に等しい細胞と肉体を持つ、匣の所持者がいるって」


「なるほど。狙いはゆりかの持つアルテミス細胞というわけか」


「そう、わたしはゆりかちゃんが持つそのアルテミス細胞がほしい。人類史上最高の遺伝子が、人類史上最高の細胞を手にいれることができたら、わたしはすべての匣を支配できる、神に等しい存在になる」


「あのカオスとかいう化け物どものお仲間になりたいのか?」


「あんなただの生物兵器に用はないわ。わたしの言う神とはもっと概念的な意味よ。

 ゆりかちゃんは、ただ、髪の毛を何本か、爪が伸びてるなら切った爪でもいいわ、あなたの持つアルテミス細胞のサンプルをわたしに提供してほしいの」


「取引、と言っていたが、その見返りは?」


「わたしが集めた匣すべて」


アリスちゃんは、とんでもないことを言いました。


「私の中にある匣だけはあげられないけど。それ以外の匣は、すべて閲覧済み」


「すべて記憶したと?人ひとりの脳に、そんな容量は、、、そうか、君はゆりかと違って、脳の中に匣があるのか」


「そういうこと」


「君が集めた23の匣は、君にとってはすべてのデータのコピーを手にいれたから、用済みというわけか。そして、23の匣自体のオリジナルデータは無傷。

そしてこちらは、ゆりかの髪の毛を数本提供するだけ、、、悪くない取引だ」


「そうでしょう?」


「君の目的はなんだ?神に等しい存在となって、何をしようとしている?」


「、、、目的?」


アリスちゃんは、お父様の問いに、ポカーンとした顔で答えました。


「まさか、何の目的もないのか、、、?

最高の遺伝子を持ち、24の匣の情報を持つ君が、最高の細胞を手にいれれば、確かに君の言う通り、神に等しき存在となるだろう。

神になりたいだけで、何かをするつもりはないと?」


「考えたこともなかったわ。おじさん、おもしろいことを言うのね」


お父様もゆりかも、呆気にとられてしまいました。


「でも、ありがとう。

 わたしがゆりかちゃんのアルテミス細胞を手にいれたなら、仮にこの世界だけでなく、この宇宙を生み出した神がいると仮定して、それに等しい力を持てるようになるかもしれない。

 何がしたいか、考えてみるわ」


「取引は、君が何をするか決めてからにさせてもらう」


「え?なんで?どうして?」


「君が神に等しい存在になってから、ぼくやゆりかと敵対する立場に立たれると困るからな。それに、ぼくたちには成し遂げたいことがある」


「そう、、、あなたたちには目的がもうあるのね。

ねぇ、よかったら教えてくれないかしら?あなたたちの目的。あなたたちが成し遂げたいこと、、、」


アリスちゃんは、懇願するようにお父様に詰め寄りました。


とても不思議な子。


ゆりかやお父様の理解を越えた存在。


でも、なぜだか、ゆりかには、アリスちゃんには、すべてを話してもかまわない気がしていました。


それは、お父様も同じだったようでした。



「ぼくたちの目的は、この不条理な世界を、あるべき形に戻すことだ」


お父様は、お父様とゆりかが望み、創りたいと願う世界について、ゆっくりと話し始めました。




     2020年9月27日、


お父様はゆっくりと話し始めました。


千のコスモの会のこと、お母様のこと、ゆりかのこと、ももかのこと、小久保晴美さんのこと、棗雪待さんのこと、それから自分のこと、、、

今のお父様、佐久間弘幸のことだけではなく、榊弘幸であったころのこと、棗弘幸であったころのこと、、、

世界のこと、某国のこと、匣のこと、、、


お父様が、世界をなぜ変えたいと願うのか。

なぜ、匣をすべて破壊しようとしているのか。


それは、とてもとても長いお話で、その中には、ゆりかの知らなかったこともありました。


お父様の話を聞き終えたアリスちゃんは、しばらくの間うつむいて黙りこんでしまいました。


ゆりかには、人類史上最高の遺伝子が作り出した脳の中に、超大容量小型情報記録端末である匣を持ち、外宇宙に存在する24の高度な科学文明のテクノロジーさえも有するアリスちゃんが、お父様の話を聞き、何を思い、何を考え、何と答えるか、まったく想像がつきませんでした。



長い長い沈黙のあと、アリスちゃんは唇を開きました。


「わたしの目的が決まったわ」


そして、アリスちゃんは、言いました。


「わたしは、この星に匣がもたらされる前の時代に行く」



アリスちゃんの目的。


それは、ゆりかのアルテミス細胞を手に入れ、神に等しい存在となった後、彼女は匣の力を使い、この星に匣がもたらされる前の時代に行き、すべての匣がこの星にもたらされることを阻止する、というものでした。


ですが、それは、、、


「確かに、今ゆりかが考えている通り、匣がこの星にもたらされることがなくなれば、今ここに存在する匣の所持者であるわたしもゆりかも存在しなくなる。人類の歴史がまったくちがうものになり、わたしやゆりか、弘幸やももか、それから麻衣、、、晴美に雪待、、、おそらく全員が生まれることのない歴史を歩むことになるわ」


タイムパラドクスが起きる、ということだと思いました。


アリスちゃんが、この星に匣がもたらされる前の時代に行き、すべての匣がもたらされることを阻止すれば、この星の、人類の歴史から匣の存在が消えてしまう。


そうなれば、神に等しい存在となったアリスちゃんが、匣の力を使って歴史改変を行ったということ自体がなくなり、この星はこれまで歩んできた通りの歴史になってしまう。


そして、また、アリスちゃんは過去へ行く。


永遠にそれが繰り返される、、、



「ゆりか、時間についての考え方には大きくわけて、ふたつあるの。

過去を変えたら、現在が変わる、、、これは、ものすごくわかりやすく漫画に例えるなら、ドラえもんの世界の時間の考え方になるわ。

ゆりかが考えているのは、ドラえもんの世界の時間の考え方と同じ。

時間が、過去を変えたら現在が変わってしまうものなら、わたしがこれからしようとしていることは、すべて無意味なことになり、永遠にわたしはそれを繰り返すことになるでしょうね。


でもね、過去を変えたら、そこを分岐点として、歴史がふたつに分かれる可能性もあるの。

わたしが過去を変えることによって、違う歴史を歩んでいく世界が生まれる。でも、わたしやゆりかや弘幸を生み出した歴史はこれまで歩んできた歴史のまま何も変わることがない。

過去を変えることにより、変える前の世界はそのまま存在し、変えたことによって違う歴史を歩む世界が生まれる、、、これも漫画に例えるなら、ドラゴンボールの世界の時間の考え方、、、」


どっちが、正しい時間の考え方なの?


「わからないわ。

だって、仮に過去に歴史改変をしたことがあったとして、ドラえもんの世界も、ドラゴンボールの世界も、歴史改変をした存在とその関係者以外は、歴史改変があったことすらわからないし、知らないから。

だから、もしかしたら、過去に何度も歴史改変された結果が今の歴史なのかもしれないし、今まさに過去を変えられている可能性だってあるの。それをわたしたちは、認識することができないから」


ゆりかには、もう理解も想像も追い付かない話でした。


「ゆりかの細胞をもらうのは、もう少し後にするわ」


アリスちゃんは言いました。


「まずはすべての匣を集めましょう。

そして、わたしはその匣のデータをすべてコピーし、あなたたちは匣をすべて破壊する。

ゆりかの細胞をもらうのは、そのあと。

匣が存在することによるこの世界の不条理、、、あなたたちが変えたいこの世界は、匣をすべて破壊することによって、今からでも変えられる。匣によって支配され続けてきた時代が終わり、新たな時代を迎える」


それで、いいかしら?


アリスちゃんの問いに、お父様はゆっくりとうなづきました。




匣は、今、ゆりかやアリスちゃんの体の中にあるものを含めて、この部屋に25個。

残り47個のうち、ひとつはすでに棗雪待さんによって破壊され、46個。

そのうちの12個は同盟関係にあり、合衆国を滅ぼすだけの戦力、、、カオスという生物兵器を有していました。


いくらアリスちゃんがすごい女の子だからといって、すべての匣を集めるなんていうことが本当にできるのかどうか、、、

ゆりかには不可能なことに思えて仕方がありませんでした。

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