2020/09/14~20

     2020年9月14日、


ゆりかは、お父様にずっと恋焦がれていました。

ももかが、お兄ちゃんだと思い込んでいた男の人に恋をしたように、ゆりかはお父様が初恋の人でした。


優しいお父様、、、

そのお父様がどんなに変わってしまわれても、お父様がなぜそうなってしまったかを知っていたゆりかにとって、変わってしまわれたお父様のお役に立てることが喜びでした。

お父様の中には、必ず変わってしまわれる前のお父様がいると信じていたから。


ゆりかが思ってた通り、お父様は最期にご自身の心を取り戻されましたが、そのときゆりかは意識を失ってしまっていました。

お会いしたかった。

お母様から、何かを言おうとしていたけれど、進化型カーズウィルスの発症によって、なにも言えなかったと聞いていました。

でも、唇の動きで、お母様とゆりかの名前を呼んでいたこと、何度も何度も謝っていたことを知りました。

お父様が、お母様やゆりかにあやまらなきゃいけないことなんて何もないのに。


ゆりかはお父様のために生まれ、お父様が望むことはすべてゆりかが叶え、たとえこの体がすべて腐り落ちても、お父様のお役に立てて死ねるのなら、それでよかった。


あのとき、お父様といっしょに死んでしまえればよかったのに。

ゆりかは何度そう思ったかわかりません。


ゆりかにとって、お父様がいない世界なんて、このまま滅んでしまったとしても、何の問題もありませんでした。


世界中にやさしい雨が降り始めた頃、ゆりかは子宮の中に埋め込まれた匣の声を聞きました。



----匣の所持者である君が、真に匣の所持者としてふさわしい存在となったとき、君がはじめて心を許した者の命と引き換えに、君の父親を甦らせよう。



そのとき、ゆりかのそばには、すでにいちかがいました。

いちかは、ゆりかのはじめての友達で、本当に心から大切に思える存在でした。


世の中には、家族なのにわかり会えない人たちがいるのに、こんなに仲良くなれたり、お互いを理解できたりすることができる相手は、人生で一度出会えるかどうかだと思います。

そんな大切ないちかを、ゆりかは、お父様を甦らせるために、生け贄に捧げました。


ゆりかは、最低の人間かもしれません。

たとえ、この体を構成する細胞が、世界中の人々の中で最も優れた細胞だったとしても。


それでも、ゆりかは嬉しくて仕方がなかったのです。

お父様が還ってきてくれたことが。


いちかに対して、ひとかけらの罪悪感を感じることもないほどに。

ただただ嬉しかったのです




     2020年9月15日、


ゆりかは、お父様に、この九年間の間に起きたことを説明しようとしましたが、お父様はすでにすべてをご存知でした。


「神降ろしの儀式の間で、歴代の第一使徒の記憶や人格を、ぼくの中に取り込もうとしたとき、儀式の間に存在した匣が、ぼくに話しかけてきたんだ」



----そなたの肉体を、九年間、貸してはくれぬか?



「その声が、匣の意思ともいうべきものの声だったのか、それとも匣の所持者を守護する機械仕掛けの存在のものなのかまではわからなかったけれど、、、

声はぼくの中にあった、穏やかだけれど、燃え盛るような、朱くなく蒼い炎、、、

世界の不条理に対する怒りを、理解していた。

1日1日を家族や国のために一生懸命に生きる、罪もない人々が、権力者のエゴのために尊い命を奪われ続ける、何千年何万年と続く人の歴史を変えたいという、ぼくの思いを理解していた」



----そなたは、その思いを実現するには、あまりに優しすぎる。

そなたの、ありとあらゆる命に対する大きすぎる愛は、そなたの望む世界を作り出すには、何よりも大きな弊害となる。



「ぼくは、心を鬼にすると決めていた。

悪魔に魂を売り渡すことになってもかまわないと思っていた。

そうまでしなければ、世界は変えられないだろうと理解していた。覚悟もあった。

だけどね、ゆりか、ぼくはその声の主の言う通りだと思った。

ぼくには、世界を変えたいという思いがあっても、決意や覚悟があったとしても、鬼や悪魔にはなれない」


ゆりかも、話を聞きながら、そう思いました。

お父様は優しすぎるくらいに優しい人だから。


----九年間、そなたの体を借り、私はそなたの望む世界を作ることを約束しよう。

そなたの肉体は、滅びるかもしれぬ。

だが、そなたの愛する妻とふたりの娘の命だけは必ず助けると約束しよう。

万が一、そなたの肉体が滅びたときは、そなたの愛する者が、そなたを甦らせる。



「ぼくは、その提案に乗ることにした。

そして、九年間、ぼくには決してできなかっただろう方法で、彼が世界を変えていくのをずっと見ていた。

だけど、彼にも世界を変えることはできなかった。

そして、ぼくの肉体は一度滅びた。

でも、ゆりか、君がぼくを甦らせてくれた」


だから、お父様は、この九年間にあったことをご存知だったのです。


そして、お父様がなくなられてからの二ヶ月のことは、

お父様の肉体を再構築するための素材となった、いちかの体や脳、

それだけでなく、いちかの体を使ってお父様を再構築したアンドロが、お父様とひとつになることによって得た記憶でした。



「すでに、ゆりかの持つ匣を狙って、モノクローンが、差し向けられているとはね、、、

ゆりか、ぼくはもう、榊でも棗でもない、、、。ゆりかと同じ、佐久間となろう。

千のコスモの会をはじめとする、ぼくをしばりつけるあらゆるものから、ぼくは自らを解き放つ。

佐久間弘幸として、愛する娘のためだけに、やるべきことをし、生きていくことを約束する」


お父様は言いました。


「どうやら、ぼくはひとりで抱え込み過ぎてたみたいだ。

ぼくひとりではできないことも、ゆりかといっしょならできる。

ふたりでもできないことは、麻衣やももか、そして、ぼくたちに協力してくれる人たちの力を借りればできる」


ゆりかも同じ考えでした。


「ゆりか、小久保晴美の連絡先はわかるかい?」


お父様がそう言ったときにはすでに、ゆりかは小久保晴美さんに電話をかけていました。




     2020年9月16日、


進化型カーズウィルスは、某国全土で一夜にしてパンデミックを引き起こしました。


棗雪待さんがどこからか用意してきた自衛隊の救難用ヘリコプター「UH-60J」十数機からウィルスが散布され、ソーシャルディスタンススーツを着た小久保晴美さんの持つダイアナ細胞が、感染者を次々と強制発症させていったのです。


「救難用ヘリでウィルスたっぷりの試験管を散布するっていうのは、結構なブラックジョークね、雪待」


「悪いな晴美、今、他のヘリも脳波で遠隔操縦中で、こっちは他のこと考えられないくらいすげー大変なんだ」


「そのわりにちゃんと返事してるじゃない。まあ、そのせいで、某国軍に3機は撃墜されて、2機は落下したみたいだけど」


「お前のせいだからな」


「ねぇ、雪待、どうして麻衣やももかに声をかけなかったの?

あのふたりもダイアナ細胞を持ってるのに。わたしばっかり働かされてるの、おかしくない?」


「麻衣はまだこどもがえりしたままだ。それに、ももかに人殺しをさせるわけにはいかない」


「まったく、いつまでも、ももかももかももかももか。頭の中がももかのことでいっぱいなんだから。

雪待、ウィルス散布はもういいわ。ヘリを適当なところに墜落させて。あなたもダイアナ細胞の持ち主なんだから、こっちを手伝いなさい」


「やきもちか?晴美」


小久保晴美さんと棗雪待さんが、たったふたりで、某国全土でパンデミックを引き起こしたのです。


「このピッチピチのスーツを着てると、千のコスモの会の本部施設の中枢に向かったときのことを思い出すよ」


「まだ、二ヶ月前じゃない」


「二ヶ月に一度のペースで、こんな恥ずかしい格好をさせられたらかなわないって話」


「しかたないでしょ、生身じゃ軍隊が出てきたらかなわないもの。それに、このまま、国家元首から匣を奪い返さないといけないんだから」


「匣ね、、、すべて破壊したほうが、いいような気もするけどな、、、

匣が榊弘幸とゆりかに契約をもちかけていた話を聞いたか?」


「匣の意志のようなものが、榊弘幸の体を九年間借り、榊弘幸に代わり、彼が願っていた、この不条理な世界を変える、という話ね」


「契約を結んだ榊弘幸は体を乗っ取られ、確かに世界を変わった。

しかし、今でも世界は不条理なままだ。

榊弘幸との約束は果たされていない。

おまけに俺たちのせいだが命を失った」


「そして、匣は、今度は私のかわいいゆりかちゃんに、友達をひとり生け贄に捧げれば、私のかわいいゆりかちゃんの父親、つまりは榊弘幸を甦らせるという契約をもちかけた。

私のかわいいゆりかちゃんは、その契約を結び、榊弘幸は甦った」


「なぜ、榊弘幸との契約は果たされず、晴美のかわいいゆりかとの契約だけが果たされたのか、、、」


「理由として考えられるのは、榊弘幸と私のかわいいゆりかちゃんは、同じ契約者であっても、匣の所持者か所持者でない者との違いがあること。

それから、匣は複数存在し、榊弘幸と契約を交わした匣と、私のかわいいゆりかちゃんと契約を交わした匣が異なること」


「なるほどね。で、俺たちはこれから、契約不履行の方の匣を取り返しにいくわけだ」


「その匣の目的は、おそらく最初から、人類を間引き、モノクローンを産み出しやすい環境を整えること、、、世界をシャプレーという外宇宙の文明と同じように作り替えること。

匣の持つオーバーテクノロジーを考えれば、破壊することは人類の科学文明の発展の妨げになるわ。

だけど、契約をもちかけておきながら、不履行に終わらせるような意思には、いなくなってもらう必要があるわね」


「最悪破壊もやむを得ない、という理解でかまわないな?」


「私のかわいいゆりかちゃんの子宮の中にいるグレートアトラクターの匣も、どこまで信用できるかわからないけどね、、、」



その日、某国の国家元首の死と、某国の滅亡、そして、匣の破壊とあらゆる研究資料や研究結果の焼却処分によって、世界はシャプレー化を免れたのです。




ゆりかの中に存在する匣、グレートアトラクターという文明そのものの意思が、描いていたシナリオ通りに。


今日という日は、世界と人類が、グレートアトラクターによる支配を、知らず知らずのうちに完全に受け入れてしまった日となりました。




     2021年9月17日、THE "BAD END" OF missing 2000-2020


あれから、一年が過ぎました。


世界は、グレートアトラクターを名乗る組織に支配されていました。


その中心にはゆりかお姉ちゃんがいて、そばにはももかやゆりかお姉ちゃんのパパと、小久保晴美さん、そして、お兄ちゃんがいました。


14歳にこどもがえりしたまだったママは、三ヶ月ほど前に20年間の記憶を取り戻すと、ももかのお洋服を着て出かけたきり帰ってはきませんでした。



世界は、誘拐されました。



そして、すべてを失ってしまったももかには、どうすることもできないのです。




     2020年9月17日、


「ゆりか、某国の国家元首、キュロ・ヒキカサの死亡を確認したそうだよ」


小久保晴美さんからかかってきた電話に出たお父様は言いました。


ゆりかとお父様には、日本でしなければいけないことがありました。

だから、某国のことは、小久保晴美さんと棗雪待さんのふたりだけにおまかせしました。


本来ならば、ダイアナ細胞を持つお母様やももかも、某国での作戦に参加してもらうことは可能でした。

しかし、ふたりを巻き込むことは避けたいという、お父様とゆりかの共通の考えがありました。

同時に、晴美さんと雪待さんだけに、汚れ役をまかせるのは気が引けたこともまた、お父様とゆりかの共通の思いでした。


しかし、ふたりは笑って、


「元々晴美はヨゴレだし、俺は使徒の中の汚れ役担当だ。気にするな」


「ちょっと誰がヨゴレよ!?」


ま、頼まれなくても行くって自分から言ってたと思うけどね、


と、言ってくれました。



「キュロ・ヒキカサは、やはりぼくのモノクローンだったそうだ。

100%全く同じ遺伝子を有し、その肉体の年齢は、ぼくをすでに追い越していた」


それは、つまり、お父様のモノクローンがいつ作られたかまではわからないにしても、モノクローンの成長速度をコントロールできることを意味していました。


「お父様には、千のコスモの会でモノクローンを産み出した記憶は?」


「ないんだ。本部施設にも、そんなことが可能な場所はなかったはずだ」


つまり、お父様の体を支配していたのが、シャプレーという文明がもたらした匣の意思だったと仮定して考えるなら、神降ろしの儀式の間に存在していた匣が自らお父様のモノクローンを作り出した、、、?


匣には、お父様がいつ死亡するか、ある程度は予測できていたとも考えられました。

そうでなければ、お父様の肉体の死にあわせ、肉体をモノクローンに換える際、ふたつの肉体に明らかな年齢差があったら、まわりの人間に気づかれてしまうからでした。

もっとも、お父様の肉体の死と共に千のコスモの会は本部施設ごと、町ごとなくなってしまいましたが、、、



「匣は、榊雪待によって破壊されたそうだよ」


「そう、、、」


「小久保晴美は、人に契約をもちかけてくる匣の意思のようなものさえ排除できれば、匣の持つオーバーテクノロジーだけを手に入れることができると考えていたようだが、、、匣は棗雪待に契約をもちかけてきたらしい。

彼自身を含めた、彼の特殊な経歴を知る者すべての記憶から、その特殊な経歴をすべて消し、ももかの兄、佐久間航としてだけの人生を手に入れることができる、、、そのかわりに、他のすべての匣を破壊しろ、と」


雪待さんは、その契約を結べば、彼の望む、ももかも望んでいる、しあわせな人生を送ることができたはずでした。


ですが、そのためには、すでにゆりかと一体化している匣を、ゆりかごと破壊しなければいけませんでした。


しかし、彼が怒り、匣を破壊するに至った理由は、それではなかったのです。



「ぼくとももかの大切な記憶を、たとえそれがどんな小さな思い出であっても、あったことをなかったことにされたり、なかったことをあったことにされたら、ぼくはぼくでなくなり、ももかはももかじゃなくなる」


匣から実際に契約をもちかけて、雪待さんははじめて、匣の恐ろしさを目の当たりにし、破壊するしかないと思ったそうでした。


「ちなみに、匣は、彼が破壊したものと、ゆりかの中にあるものを含めて、合計72個存在するそうだ」



その数に、ゆりかは驚きを隠せませんでした。




     2020年9月18日、


ゆりかの守護者でいてくれたアンドロ、、、アンドロマリウスは、某国の国家元首キュロ・ヒキカサの傍らにいる存在をダンタリオンと呼びました。


アンドロマリウスに、ダンタリオン、、、

匣は全部で72個、この世界にもたらされた、、、

ひとつはすでに失われ、ひとつはゆりかの中にあり、世界のどこかにあと70個存在する、、、


「お父様、、、匣とはもしかして、旧約聖書に記された古代イスラエルの王、ソロモンが使役した72の悪魔のことをさしているのではないでしょうか?」


「ソロモン72柱か、、、確かにアンドロマリウスもダンタリオンも、72柱のうちの2柱の名前、、、

だけど、なぜ匣が悪魔とされたのだろう、、、」


不思議なのは、それだけではありませんでした。


ソロモン72柱の「柱」とは、日本神話の神々であるイザナギやイザナミ、アマテラスやスサノオ、ツクヨミを代表とする八百万の神々に用いられる日本語の助数詞です。

「ソロモン72柱」は日本独自の名称でしかなく、英語では「Goetic demons」等と呼ばれていました。

なぜ、悪魔を数えるのに、日本でだけは、日本神話の神々と同じ助数詞が使われているのか、、、


ゆりかにはもちろん、お父様にもそれが何故だかはわかりませんでした。


それに、ゆりかの記憶が確かなら、聖書の中に72柱のついての詳細な記述はありません。


聖書の中で直接その名前が言及されていたのは、バアル、アモン、アスタロトの原型になった女神であるアシュトレト、それから、アスモデウスの四柱だけだったように思います。


その四柱の中で、悪魔とされているのは、カトリックや正教会では聖典とされている旧約聖書外典に登場するアスモデウスだけでした。


魔術書『レメゲトン』の第一部“『ゴエティア』には、ソロモン72柱は、それぞれが複数の軍団を率いていた、とされており、「長たる精霊たち」とも呼ばれていました。



「太陽系や、太陽系が属する天の川銀河、そのさらに外に存在する外宇宙に、72の高度な科学文明が存在し、紀元前の時代に72の文明からそれぞれ派遣された古代宇宙飛行士が匣をもたらしたとして、派遣された古代宇宙飛行士は多くてもせいぜい数人だろう、、、

匣自体が軍隊を率いていたわけではないとも思われるが、、、」



ソロモン72柱について記されている書物は、ゴエティアの他に『悪魔の偽王国』というものが存在しました。


ゴエティアに記された悪魔のうち68柱は、悪魔の偽王国から引用されたものでした。


ゴエティアに記された72柱のうち、悪魔の偽王国にはウァサゴ、セーレ、ダンタリオン、アンドロマリウスの記載はなく、代わりに「プルフラス」という悪魔が記述されていました。


ゆりかが、記憶の引き出しを開けたり閉めたりしていると、お父様は何かに気づいたようでした。


「72の匣、そのひとつは失われ、現在は71、、、ゆりか、某国が滅亡し、この世界に存在する国はいくつになったかわかるかい?」


ゆりかは、そう問われると、


「アレクサ、」


すぐにアレクサに声をかけ、


「2020年9月18日現在、世界に存在する国家の数を教えて」


現在の国の数を調べてもらいました。


アレクサは、すぐに答えてくれました。



「71カ国です」




     2020年9月19日、


世界に現在存在する国家は71カ国、

そして、世界に現在存在する匣の数は、同じ71、、、


これは一体何を意味しているのでしょうか?


「匣を持つ国だけが、世界規模のパンデミックと、世界中で勃発した戦争を生き残った、、、いや、まさかな、、、偶然の一致だろう、、、」


お父様はそう言いましたが、ゆりかには偶然とは思えませんでした。


匣は、人類の歴史とともにあり、オーバーテクノロジーをもたらしてきました。


そして、人類の歴史とは、戦争の歴史です。


匣がもたらしたオーバーテクノロジーによって次々と新たな武器や兵器が開発され、戦争に用いられてきた、、、?


戦争は、持つ国と持たざる国の、匣の奪い合いだった?


近代以降の世界大戦と呼ばれる戦争では、同盟関係にある国同士が手を組み、別の同盟関係にある国々と世界中を巻き込んで戦争をしていました。


それぞれ匣を所持する国同士が同盟関係にあり、その同盟関係が匣をもたらした72の文明の同盟関係と同じだったら?


ヒトラーが血眼になって探したのは、本当にロンギヌスの槍だったのでしょうか?


合衆国が、存在しないことをしりながら、大量破壊兵器の所持を理由に引き起こした戦争で本当に欲しかったのは、石油の利権だったのでしょうか?


「すべては、匣を求めてのことだったと?」


あくまで可能性の話です。

ゆりかの憶測、あるいは妄想でしか、現段階ではないレベルの話でした。

ですが、ゆりかには、それはありえないことではないような気がしました。


「その可能性を元にすれば、匣の守護者がなぜ、ソロモン72柱の名を冠しているかの答えは出るね」


お父様は言いました。


「72柱の悪魔が、それぞれ複数の軍団を率いており、『ゴエティア』では「長たる精霊たち」とも呼ばれていた理由は、匣こそが国の根幹であり、匣の守護者が、政府や軍隊を動かしていたことを指していたといえなくもない、、、」



人類の歴史が戦争の歴史だったのは、神が理由ではなかった、、、

神は存在せず、匣の存在を秘匿するためにあらゆる宗教が、神が生まれた、、、

匣が存在する限り、人類は争いをやめることはない、、、

お父様が、穏やかに怒り続ける世界の不条理は、すべての匣を世界から抹消しなければ、なくすことはできない。

お父様と契約した匣が、お父様との契約を不履行にしたのは、お父様の望む世界が匣のない世界だったから、、、


まるで何千ピースもある複雑なパズルを完成させるように、すべての辻褄があいました。



ゆりかたちは、この世界から匣をすべて消さなければいけないのです。


そして、それは、匣を体の中に持つ、ゆりかも、お父様の望む世界のためには必要のない存在だということを意味していました。




     2020年9月20日、


アンドラス、どうやら匣の本来の役割に気付きつつある人間がいるようだ。


プルフラス、それは匣と、ぼくたち守護者が、人類の歴史を戦争の歴史にしてきたことに気づいた人間がいるということかい?


アンドラス、それだけではないよ。この星にもたらされた匣の数まで知られてしまった。アンドロマリウスが、匣の所持者に少し肩入れしすぎたようだ。ダンタリオンも余計なことをしてくれたようだしね。


プルフラス、では人間はこれから、残る72の匣を探し、破壊するつもりなのかな?とてもできるとは思えないけれど。


アンドラス、君は数を数え間違えているよ。アンドロマリウスやダンタリオンは、ぼくの存在を知らないだろう?


プルフラス、そうだったね。君は72柱から外れた存在だった。不和と戦い、欺瞞をもたらす君の存在はイレギュラーであり、それゆえにジョーカーでもある。たとえ、人間がすべての匣を見つけ破壊できたとしても、君を見つけることはできない。すぐそばにあるものが君であるということに気づいたとしても、人間には君だけは破壊することができない。


アンドラス、君は72柱の悪魔に数えられながらも、天使の体を持つ。それ以外はぼくとまったく変わらない。もっとも、大君主かつ公爵であるぼくの方が、侯爵の君より偉いわけだが。ぼくは君のことがとても好きだ。だから、君も、ぼくのそばに身を隠しておくといい。


プルフラス、ありがとう。しかし、ぼくにも肩入れしている人間の娘がいるんだ。


アンドラス、それは君の所持者である合衆国大統領のことかい?確かに、肩入れする気持ちはわからないでもないけれど。まさか、十四才の少女が国を治めることになる時代がくるとはね。


プルフラス、アリスはとても賢い子だ。今、この星でもっとも女王にふさわしいのは、アンドロマリウスが肩入れしていた娘だけれど、それはあくまでも細胞レベルの話でしかない。アリス・T・テレスは遺伝子がこの星の女王にもっともふさわしい。


アンドラス、では君は、その娘のルイス・キャロルになろうというわけか。彼は愛した少女のために二冊の小説を書いたが、君は愛する少女のために、女王にふさわしい細胞を贈るというわけか。


プルフラス、その通りだよ。ぼくはこれから、アリスを女王とするために行動を開始する。まもなく、アリスのもとに君を除くすべての匣が集まることなる。


アンドラス、了解した。






そう簡単にいくとは思えないが。まあ、いい。きたるべき約束の日は近い。人類はあと少しで、約束の日の審査に合格するだけの力を得る。


ぼくは不和と戦い、欺瞞をもたらす者。


ぼくも少しだけ動くとしよう。

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