2020/06/22~28

   2020年6月22日、月曜日。


これ以上、真実を知るのが怖かった。


あの日、加藤学なんて人がももかを誘拐したりしなかったら、こんなことにはならなかった。


あの日、お兄ちゃんに彼女がいることを知ることがなかったら、加藤学なんて人に誘拐されたりしなかった。


全部お兄ちゃんのせい。


ももかは、何も知りたくなかった。


何も知らないまま、お兄ちゃんのことを好きなままのももかでいたかった。


そうしたら、お兄ちゃんを疑うなんてことをしなくてすんだし、今日ももかは、お兄ちゃんとももかの部屋に監視カメラが何個もしかけられていることにだって気づかずに済んだ。


一体いつから?

そんなの決まってる。

最初から。


お兄ちゃんはももかを使って、何かの実験をしてる。


ももかの記憶は、お兄ちゃんの都合のいいように改竄されている。

お兄ちゃんは9年かけて、催眠術や洗脳でお兄ちゃんが望む妹を、ももかを作り出した。


そうか、だからわかったんだ。

自分のことを加藤学さんだと思い込んでいたあの人のことを。

自分を他人だと思い込むなんて、ももかには理解できなかったけど、お兄ちゃんはどうやったらそういうことが起きてしまうのか簡単に分析して、ももかに説明した。

きっと手に取るようにわかったにちがいない。

お兄ちゃんのそばには、ももかという、お兄ちゃんに作り出された存在がいたから。


監視カメラの映像を観ているのはお兄ちゃん?

この部屋のWi-Fiに繋がってるのなら、お兄ちゃんはスマホからでも監視カメラの映像を観ることができる。


ももかは、しばらく使っていなかった学校のノートの見開きいっぱいに、お兄ちゃんへのメッセージを書いた。




お兄ちゃん、大嫌い。




そう書いたはずなのに、




ノートには、


お兄ちゃん、大好き。


ももかの字で、しっかりとそう書かれていた。




ももかは、もう自分が思っていることを、言葉や文字で表現することさえできないほど、洗脳されてしまっていることを知った。




   2020年6月23日、火曜日。


この日記を書き始めたのは、いつからだっけ?


ももかが加藤学さんに誘拐されたときから?

その前から? だったかな、、、

まだ1ヶ月もたってないと思うんだけど、ももかの記憶は曖昧です。


ももかは、この日記を読み返したことがなかったし、今となっては読み返すのが怖くて仕方がないです。


ももかが書いたはずのことと、まったく違うことが書かれているような気がして、怖くて怖くて仕方がないです。


誰か助けて。

助けてください。


ももかが、だんだんももかじゃなくなっていく。


ううん、違う。


ももかは、最初からももかが思っているような女の子じゃなかったんだ。


お兄ちゃんの思い通りに行動するようにプログラムされたお人形。


お兄ちゃんが好きな服を着て、お兄ちゃんがももかに望む言葉しか口にしたり文字にしたりできなくて、お兄ちゃんがお兄ちゃんがお兄ちゃんがお兄ちゃんがお兄ちゃんが










すきです。




   201X年6月24日。


人の脳は、1.7GBくらいしかないんだって。


今日、ももかの大好きなお兄ちゃんが教えてくれました。


1.7GBってどれくらいなの? すごいの?


って、ももかが聞くと、


DVD、、、ブルーレイじゃない方が4.7GB、

ももかのスマホは32GB、

このプレステ4は、500GB。


と、お兄ちゃんは言った。


ぼくがガラケー時代から使ってる、このUSBメモリ型のMP3プレイヤーですら4GBある。



脳と、DVDやスマホ、音楽プレイヤーの容量を比べられても、ももかにはちっともぴんとこなかった。


1.7GBは、ちょうどPSPのゲームディスクの容量と同じなんだ。


だから、わかんないってば。もー


つまり、記憶媒体としては、人の脳はもうとっくにコンピュータに追い抜かれていて、二世代前の携帯ゲーム機のディスクのレベルでしかないってこと。

おまけに、人の脳は、たった1.7GBしかないのに、何かを考えたり、話したりしてる間にも、内臓や血液、筋肉や細胞分裂、身体中を管理してる。ある程度は自律したプログラムだけど。

つまり、脳は常に人体を維持するために複雑なプログラム、あるいはアプリケーションを動かしているわけなんだ。もちろん、そのアプリケーション自体にも容量はある。

記憶媒体として、1.7GBの半分もあるかどうかあやしいものだ。

おまけに、人の脳は10%しか使われていないって聞いたことあるだろ?


ももかは、うん、て頷いた。


あれは、ドラマのスペックみたいに、人の脳の90%がまだ未知の領域で、それを目覚めさせることができれば超能力のようなものが得られるかもしれない、というわけではないんだ。

脳の中のいろいろな部分が、そのときそのときの状況に応じて10%程度使われているという意味なんだ。

スマホやパソコンで重いアプリやソフトを複数同時に立ち上げたらどうなる?


フリーズ? 再起動しなくちゃいけないよね


そう、それは人間の脳に例えるなら気絶が似た症状だと言える。

しかし、ひどい場合はパソコン自体のメイン基盤がだめになるように、脳死する場合もある。

それをさけるために、脳にはリミッターが存在し、常に10%前後しか使われないようになっているっていうわけだ。


お兄ちゃんは、さっきから、なんの話をしてるの?


人の記憶なんてものはあてにならないって話かな。

たとえ記憶にあったとしても、保身のために記憶にないことにしたりすることもあるし、記憶違いなどで言った言わないという揉め事が必ず起こる。

だから、人には契約書や誓約書のようなものが必要になる。

あるいは、ボイスレコーダーやビデオカメラのようなものがね。


お兄ちゃんが何が言いたいのか、ももかにはよくわかんないよ。


ぼくは、ももかが好きだ。


なんで急にそんな話になるの?もー


いつかももかは、ぼくに対して猜疑心を抱き、疑心暗鬼になることがあるかもしれない。


どうして?


そのときにならないと、わからないかな、、、


ふーん


でも、これだけは覚えておいて。

ぼくはももかが好きだ。


だから、もう、いきなりすぎるってば!


ぼくは、ももかに出会うために生まれてきたと思っている。

そして今は、ももかを幸せにするために生きている。

ぼくは、ぼくの人生を、すべてももかに捧げるつもりだ。


、、、そんなに、ももかのことが好きなの?


お兄ちゃんは、ももかの目をまっすぐ見て頷いた。


ももかも、お兄ちゃんが大好き。


だからね、ももか、もし、いつか、ぼくのことがわからなくなったり、信じられなくなるときが来ても、ぼくを信じて。

すべて、ももかが幸せになるためにしてることだから。




   2020年6月25日、木曜日。


「ももかの様子はどうだい?」


「二日前から眠ったままですが、明日には目を覚ますでしょう。目立った外傷はなく、問題はありません」


「生命に問題はなくとも、脳に相当な負荷がかからなければ、そんな状態にはならないはずだ。催眠や洗脳のしすぎじゃないのか?」


「ぼくは、ももかにとって不都合な記憶を、脳の奥深くに沈める程度のことしかしていません。

 あなたが加藤学もどきを作り出したような催眠や洗脳の類いは行っていませんよ」


「いまさらだが、ぼくが君になぜ、ももかを教団から連れ出すことを許したのか、言い換えるならなぜももかを君に託したのか、君はちゃんと理解しているのだろうね」


「もちろん、理解していますよ。ただ、あなたの思惑を理解した上で、ぼくはあなたの思惑通りには動かない、という選択をしましたが」


「やはり、そういうことか」


「ご存知だったからこそ、加藤学もどきにももかを誘拐させたのでしょう?」


「君から送られてくる情報があまりに信憑性にかけるものばかりだったのでね」


「それで、加藤学もどきを使って何か収穫はありましたか?」


「もうすぐゆりかが巫女として使えなくなる。ゆりかは、神の依り代、神が現世に降臨するための器としては、あまりに体が弱すぎた。もう、肉体の半分以上が腐り落ち、精神も衰弱しきっている。その代わりをももかにさせるつもりだったのだが、君のせいでももかはどうやら使い物になりそうにない」


「だから、小久保晴美を教団に招き入れたわけですか」


「カーズは、彼女の世界を呪う心そのものだからね」


「彼女からすべてを奪っておいて、まったくひどい人だ、あなたは」


「彼女には、人の細胞を、千年細胞に強制的に進化させるにはどうすれば良いかを研究させた。そうして生まれたのが、カーズウィルスだ。彼女は同時に、カーズウィルスの感染から発症までの間に、人の細胞が必ず千年細胞へと進化するための抗体も作り出した」


「どうやら旧第一使徒であったヨハネの死が、あなた方には相当堪えたようだ」


「聖人を、この地にてもう一度殺害し、その血肉を食らってまで手に入れた体が、たかだか2000年で死を迎えるとは思わなかったからね」


「聖人が最後の晩餐で予言した、この中に裏切り者がいる、とは、イスカリオテのユダを除いた使徒全員だったと、ユダが知ったらさぞかし嘆くでしょう」


「まるで他人事のように言うのだな。君はかつてイスカリオテのユダだったのだろう? ヤマヒト」


「他人事ですから」


「どういう意味だ?」


「まさかとは思いますが、ぼくが、旧約聖書における人類最初の殺人者であり、神により108回の輪廻転生と109回の主への裏切りを義務付けられ、イスカリオテのユダとして聖人を最も愛するがゆえに裏切り、その後も輪廻転生を繰り返し続けてきた最後の転生体であり、日本の先住民族山人の末裔である、、、なんてことを本気で信じているわけではないでしょうね?」


「、、、」


「まさか、あなた方は神などというものが本当に存在すると信じているのですか?聖母が神の子を本当に処女懐妊したと?あなた方は2000年以上生き続け、この国の歴史を操り続けてきたと、本当に思い込んでいるのですか?」


「まさか、貴様、、、」


「あなた方は、そう思い込まされていただけにすぎない」


「仮にそうだったとして、千年細胞についてはどう説明する?」


「あれはガン化した細胞に細工を施し、それらしく見せかけたものにすぎません。そしてあなた方は一度騙した小久保晴美に今度は騙されたのです」


「まさか、カーズウィルスは、、、」


「先ほどあなたが言ったはずですよ。彼女の世界を呪う心そのものだと」


「抗体は!?」


「ただのブドウ糖です。あなた方はまもなく発症し、千のコスモの会は壊滅する」


「ヤマヒト、君は一体何者なんだ、、、」


「まもなく死に行くあなたが、それを知ったところで、もはや何の意味もない。ただ、麻衣とゆりかは、必ずぼくの手で取り戻す、ということだけはお伝えしておきますよ」


「取り戻したところで、ふたりともカーズウィルスに感染している」


「小久保晴美はふたりにだけは本当の抗を用意していましたので、ご安心を」


「すべて、仕組まれていたわけか、、、20年前から、、、」


「長い20年だった、、、


 さようなら、棗弘幸」




   2020年6月26日、金曜日。


ももかは、まだ目を覚まさない。


ぼくは、妹の娘に、姪に、とてもひどいことをたくさんしてきた。


麻衣やゆりかの願いだったとはいえ、優しい母親と優しい姉と、家族と離ればなれにしてしまった。


ももかにとってではなく、ぼくにとって不都合な記憶を、記憶の奥底に沈め、ぼくが好きだった麻衣を、ぼくを好きでいてくれた麻衣を、20年前棗弘幸に誘拐されてしまった妹を、ぼくはももかを使って再現しようとした。


ぼくが、若作りをしているけれど、ももかの叔父であり、今年39歳になる本物の加藤学であることを隠し続けてきた。


隠し続けてきただけでなく、ももかのお兄ちゃんのまま死んでしまうことを、ももかは許してくれるだろうか。


ぼくは死んでしまうけれど、麻衣やゆりか、そしてももかの人生を狂わせた千のコスモの会は崩壊する。


ぼくが帰らない代わりにこの部屋には、麻衣とゆりかが来ることになる。

三人だと、さすがに狭いかな。


本当は、ぼくもこの部屋でいっしょに暮らしたかった。

でも、たぶん、それはかなわない。


千のコスモの会は、いや、もしかしたらN市八十三町全体で、カーズウィルスによるクラスター感染によってパンデミックが起きている。


カーズウィルスは、潜伏期間が長く、ステルス機能を有しており、発症するまで本人はもちろん医療機関でさえ、感染を確認できない。

そして発症したその瞬間に、身体中の穴という穴から、血液や体液を撒き散らし、半径数十メートルという範囲内にいるありとあらゆる人間に感染する。

マスクやフェイスシールド、うがいや手洗いなどでは、どうにもならない。

抗体を持たない人間の致死率は100%。


カーズウィルスの開発者である小久保晴美は、麻衣とゆりかに本物の抗体を予防接種という形で植えつけてくれた。

それ以外の千のコスモの会の人間には、ただのブドウ糖を与えたという。

抗体が何人分あるか、ワクチンの開発まで研究は進んでいるのか、小久保晴美がまだ生きているのかさえ、千のコスモの会に行かなければわからない。


ぼくは今、車でN市八十三町に向かっている。

N市八十三町は、人々が次々と発症し、体液や血液を撒き散らす、、、きっと地獄絵図のような光景が広がっている。


そこへ、ぼくは行く。


麻衣とゆりかが、ももかといっしょに暮らせるように。

ももかが、ぼくのような偽物の家族ではなく、本物の家族と、幸せに暮らせるように。




   2020年6月27日、土曜日。


N市八十三町は、本当に地獄絵図のような光景だった。


カーズウィルスを発症し、身体中の穴という穴から、血液や体液を噴き出した遺体が、いたるところに転がっていた。

今まさに人間噴水と化した者の姿も見えた。


地獄には血の池地獄があるというが、この光景はまさにそれだ。


最初はそれらの遺体を避けて車を走らせてはいたが、そのたびに血しぶきが舞い、フロントガラスやサイドガラスが真っ赤に染まった。

そのうち避けるのが面倒になりそのままタイヤで踏みつけることにした。



町役場よりはるかに大きな建物が、千のコスモの会の本部施設だ。


入り口に、見知った女がいた。

待ち合わせをした覚えはなかったが、ぼくを待っていたであろうことは、すぐにわかった。


小久保晴美女史だった。

体にぴったりとフィットした、ロボットアニメのパイロットが着るようなスーツを着て、片手にヘルメット、もう片手にはジュラルミンケースを持っていた。


よほど待たせてしまっていたのか、あるいはよほど暇だったのか、彼女は死体を蹴ったり踏みつけたりして遊んでいた。


その死体は、第何使徒だか忘れてしまったが、千のコスモの会の13人の幹部のひとり、榊 順のものだった。


「何やってんの?晴美さん」


彼女とは、主にスマホやパソコンで連絡をとっていたから、こうして直接顔をあわせるのは、もしかしたらはじめてかもしれなかった。


「あなたが遅いから、この、こにくたらしい使徒のやつの死体で遊んでいたの」


「待ち合わせ、した覚えないんだけど。あと、何そのプラグスーツみたいなの」


「私は、あなたを見殺しにするほど、無慈悲な人間じゃないの」


足で死体を弄びながら、言う言葉じゃないな、と思った。


「私は、あなたがここに榊麻衣と榊ゆりかを迎えに来るであろうことを知っていて、あなたがカーズウィルスの抗体を持っていないことも知っている。だとしたら、私にできることはひとつしかないわ」


小久保晴美は、ジュラルミンケースを開いて見せた。


「あなたと、あなたが面倒を診てるっていうももかって子の分の抗体よ」


「すまないな。おかげで人間噴水にならなくてすみそうだ。

ところで、抗体の下に、あんたが今着てる、その体のラインがくっきり浮き出るピッチリした変なスーツが、いっしょに入ってるのはなんで?」


「変な表現しないでもらえるかしら?それは、ソーシャルディスタンススーツ。これから榊麻衣と榊ゆりか、ふたりのお姫様を迎えに行くあなたへの、私からのプレゼントよ」


「お姫様のうちのひとりは、34のおばさんだけどな」


「34歳の女性がおばさんか女の子かはさておき、そのソーシャルディスタンススーツは、世界中でこの土地でしか発掘が確認されていない、とある液体金属を元にしているわ」


「悪いが、そういうSFな世界観は、あとにしてくれ」


小久保晴美は、唇を尖らせ、ちぇっ、と言った。


「強化外骨格とまでは言えないものの、拳銃の弾くらいなら、何十発何百発うたれても平気よ」


「つまり、早い話が全身タイツ型防弾チョッキか」


「最悪のたとえ!」


ぼくは、死を覚悟して、この町に来た。

けれど、小久保晴美は、赤の他人のぼくや麻衣、ゆりか、それからももかのために、こんな危険な場所で、ぼくを待っていてくれた。

ぼくはそれをありがたく使わせてもらうことにした。


「麻衣がいなかったら、ぼくはきっと晴美さんに恋をしてたろうな」


口にするつもりのなかった言葉をぼくは口にしてしまい、そして顔を真っ赤にするかわいい34歳の女の子は、その場から立ち去ろうとするぼくの手を握った。


「え、ついてくるの?」


「この町から出たくても、足がないの。あなたの車に乗せてもらえると助かるわ」


体のラインがくっきりと浮き出る、ピッチピチの全身タイツ型防弾チョッキを着たぼくと小久保晴美は、千のコスモの会本部施設の中枢へと向かう。




   2020年6月28日、日曜日。


すごく、いやな夢を見た。


パンデミックのせいで、すっかり運動不足でなまった体に、たまには運動させてあげなくちゃって、ももかは近くにある小さな公園で縄跳びをしてた。


そしたら、近所に住む小学生の男の子がやってきて、ももかのそばでその子も縄跳びを始めた。


ももかはその子に二重跳びでマウントをとられて、泣きながらおうちに帰る、、、そんな夢。


ももかは、そんな夢を見ながら泣いてたみたい。


頭がすごく重くて、丸一日か丸二日、寝込んでいたんだとわかった。

でも、どうして、そんなにも眠ってしまったんだろう。


頭はぼんやりとしたまま、だんだん視界が開けていった。


ももかを心配そうに見つめる顔が、ひとつ、ふたつ、みっつ、、、


そこには、お兄ちゃんがいて、ゆりかお姉ちゃんがいて、ママがいた。


「え!?なんで、小久保晴美さんがいるの!?」


ももかは、そのことにびっくりして飛び起きた。


「なんでって言われても、、、なんでだろ、、、台無しだよなあ、、、せっかくの、麻衣とゆりかとももかの再会なのに」


お兄ちゃんが、困った顔をして言った。


「あなたたち、もう少し私に感謝してもいいんじゃなくて?あなたたち全員が今人間噴水にならずに生きていられるのは誰のおかげ?教団のおかしな儀式のおかげで、半分腐り落ちかけてたゆりかの体を治してあげたのは誰だったかしら」


小久保晴美さんは、少しすねたように言った。かわいい人だな、とももかは思った。

でも、、、


「晴美、そのことについては、すごく感謝してるわ。

でも、悪いんだけど、母と娘二人、それから、この子たちの叔父の、九年ぶりの再会なの。あとでいくらでも相手をしてあげるから、今は黙っててもらえるかしら?」


ママが、目は決して笑ってない笑顔で、小久保晴美さんにそう言った。

ママは、とても、すごく、なんだかももかの語彙が寝起きだからか、ものすごく頭の悪い子みたいだけど、とにかく、とても、すごく、若かった。

隣にいるゆりかお姉ちゃんより少し年上のお姉さんって感じ。

やっぱり、ママとゆりかお姉ちゃんとももかは、そっくりの顔をしていた。


「聞いた?ゆりかちゃん、学!

 麻衣があとで私をいっぱいかわいがってくれるって!!」


「いっぱいかわいがるとは、お母様は一言も言っていません。相手をしてあげる、と言っただけです」


ゆりかお姉ちゃんが、小久保晴美さんの言葉を訂正する。

お姉ちゃんは、ママのこと、お母様って呼ぶんだ、、、ももかは、さっきからもう感動しっぱなしだった。


でも、、、


母と娘二人、それから、この子たちの叔父の、九年ぶりの再会、、、?


聞いた?ゆりかちゃん、学! ??



ももかの叔父さん、加藤学さんはどこ?


この部屋には、ももかとママとゆりかお姉ちゃんとお兄ちゃん、あとは小久保晴美さんしかいないのに。


お兄ちゃんがそこにいるのに。

叔父さんなんてどこにもいないのに。


ももかが何を考えているか、みんなにもわかったみたい。


「ごめんな、ももか。お兄ちゃんな、ももかにずっと嘘ついてた。ももかを騙してた」


「お兄ちゃん、、、?」


「ぼくはね、ももかの叔父さんなんだ。麻衣の兄、加藤学なんだ」




その日、世界の人口が、ついに五億人を下回った。




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